エネルギー源,細胞膜とならぶ重要な脂質の役割「脂質メディエーター」.細胞内外の情報伝達に欠かせない脂質メディエーターの最新研究をお届けします.分子機構,関連疾患から治療薬開発への展望まで一挙にご紹介!
目次
特集
情報伝達をつかさどる生理活性物質
脂質メディエーターの機能
企画/横溝岳彦,村上 誠
概論—脂質メディエーターの機能—新規創薬への応用をめざす基礎研究【横溝岳彦/村上 誠】
タンパク質,糖質,核酸とならび,脂質は生体を構成する有機物の1つであり,生命の維持に必須の物質である.一般の脂質に対する理解は,「三大栄養素の1つ」,「細胞膜を構成する壁としての役割」,「脂溶性ホルモン」,などが主であろうか.しかし,プロスタグランジンやロイコトリエンの名は,生命科学を勉強した者であれば誰でも聞いたことがあるはずである.われわれの体は,こういった『脂質メディエーター』がなければ正常に機能しないのである.それではそもそも,脂質メディエーターとは何か? 局所で一過的に産生され,その場で細胞膜受容体に作用してシグナルを伝え,速やかに分解される脂溶性物質,それが脂質メディエーターに共通の性質であり定義でもある.脂質メディエーターの研究は分子構造の決定はもちろんのこと,その生合成や分解にかかわる酵素群,ならびに受容体の同定の歴史である.本特集では,多彩な脂質メディエーターが奏でる生命応答の巧妙な調節機構のハーモニーを読者に楽しんでいただきたい.
プロスタノイドの作用発現とシグナル・クロストーク【杉本幸彦】
プロスタノイドは,シクロオキシゲナーゼにより産生されるプロスタグランジンとトロンボキサンの総称であり,特異的な受容体を介して多彩な作用を発揮する.近年の研究によって,プロスタノイドによる諸作用の生理的意義が明らかとなり,またその作用機序として他のシグナル経路とのクロストークによってさまざまな遺伝子発現を調節することが明らかとなってきた.本稿では,このような知見を取り上げ,プロスタノイド作用発現におけるシグナル・クロストークの意義について述べる.
ロイコトリエン受容体の生体内での役割【横溝岳彦】
ロイコトリエン (LT) は,プロスタグランジン (PG) と同様にアラキドン酸から生合成される生理活性脂質である.これまでに4つの受容体が分子同定され,遺伝子欠損マウスの解析が行われている.LTB4受容体BLT1は好中球・好酸球に細胞走化性を引き起こし,炎症反応を増強するとともに,Th1型,Th2型の免疫反応を促進する作用があることがわかってきた.低親和性LTB4受容体BLT2は,12-HHTというプロスタグランジン系の不飽和脂肪酸によって強く活性化されることがわかり,薬理学的にはLT受容体とは異なる受容体として再分類されるべきであろう.気管支喘息の発症に重要と考えられてきた2つのペプチドLT受容体の生体内での役割は未だに不明である.LT受容体の今後の解析には,性差や時間軸を念頭に置くことが必要だと考えられる.
第二世代の生理活性脂質としてのリゾリン脂質【井上飛鳥/青木淳賢】
リゾリン脂質は生理的・病理的状況において,リン脂質の脱アシル化または前駆体のリン酸化反応により産生される.近年,リゾリン脂質に対する特異的受容体や産生酵素が次々と発見され,その生体内での重要性が明らかになり,リゾリン脂質が単なる副産物ではなく,ステロイドホルモンやエイコサノイドに続く第二世代の生理活性脂質と考えられるようになってきた.本稿では,受容体,産生酵素の遺伝子改変動物,ヒト遺伝病から明らかになったリゾリン脂質機能を,最新研究の進捗も含め紹介する.
生体におけるスフィンゴシン-1-リン酸シグナル系の機能【多久和 陽/岡本安雄/杜 娃/戚 勛/吉岡和晃/多久和典子】
スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)はGタンパク質共役型EDG受容体ファミリーを介してさまざまな細胞に作用する脂質メディエーターである.S1Pは,種々のスフィンゴ脂質に由来するスフィンゴシンが,スフィンゴシンキナーゼ(SphK)の作用によりリン酸化を受けて生成する.S1Pの主要な分解経路はS1PリアーゼによるS1Pの切断反応である.SphKノックアウト(KO)マウス,S1PリアーゼKOマウスやS1P受容体KOマウスの解析により,S1Pとその受容体群は発生期の血管や神経系の形成・発達に必須であり,成体では免疫機能,主としてリンパ球再循環の調節にかかわっていることがわかってきた.このように,S1Pシグナル伝達系は発生およびホメオスタシスにおいて広範囲にわたる重要な役割を担う.
アレルギー性疾患における脂質メディエーターの役割【武富芳隆/佐藤弘泰/村上 誠】
従来,アラキドン酸代謝系に代表される脂質メディエーターのアレルギー性疾患の病態形成における役割については,臨床的知見および動物実験による薬理学的知見から推測されてきた.今日,代謝系酵素および受容体の遺伝子クローニングなどの分子生物学的研究をはじめ,培養細胞への遺伝子導入などの細胞生物学的研究,遺伝子操作マウスを用いた個体レベルの研究,さらにはヒトの遺伝子型解析などにより,アレルギーにおける各種脂質メディエーターの役割が分子レベルで解明されつつある.本稿では,アレルギー性疾患の病態生理における脂質メディエーターの役割について,アラキドン酸代謝系関連酵素および受容体の遺伝子操作マウスの解析結果を中心に解説する.
性ステロイドホルモンとGPCR【水上洋一】
2005年のScience誌に,GPR30が長い間探されていたエストロゲンの細胞膜受容体であることが報告された.それ以来,GPR30に関する研究はやや混乱した状況にある.細胞内局在や体内での発現,さらにKOマウスの表現型などが議論の的になっている.そこで本稿ではこれらの複雑に絡み合った研究成果を整理し,GPR30の真の姿に迫ってみたい.
特別インタビュー
システム生物学から迫る生命の本質,そして創薬・ヘルスケアへ〜人工知能から始まったバイオロジーへの挑戦〜【北野宏明】
トピックス
カレントトピックス
ショウジョウバエにおける音,重力,風検知の神経基盤【上川内あづさ/稲垣秀彦/伊藤 啓】
FGF9による新たな関節形成制御機構の発見【原田理代/古関明彦】
ヘテロクロマチンがシュゴシンをセントロメアに繋ぎとめる【山岸有哉/渡邊嘉典】
C57BL/6マウス系統のES細胞を無血清培地,フィーダー細胞非依存的に培養し,全身がES細胞に由来するマウスを得る【玉井淑貴/佐藤 照】
News & Hot Paper Digest
「ダウン症」と「癌研究」の交差点
GML剤によるAIDSの感染予防
造血発生もフォースのおかげ
ペプチド固定技術を有するAileron社,大手ベンチャーから資金獲得
色覚に関する神経科学のアウトリーチ活動がグッドデザイン賞受賞
連載
クローズアップ実験法
生体高分子のショ糖密度勾配による超遠心分画【椎名伸之】
科研費獲得の方法とコツ
第2回 備えあれば憂いなし【児島将康】
難治疾患
新生児糖尿病【鈴木 滋/藤枝憲二】
私の発見体験記
遺伝学的手法を用いた酵母複製因子の探索【荒木弘之】
ラボレポート-独立編-
「百聞は一見」のバイオ・イメージング技術開発は,楽しい応用科学—Preclinical Development Section, Molecular Imaging Program, National Cancer Institute/NIH【小林久隆】
関連情報