技術革新が目覚ましいリン酸化プロテオーム研究.網羅的解析によるキナーゼ基質探索,シグナル伝達ダイナミクスの解明から,分子標的薬評価,疾患プロテオミクスの応用事例まで,研究の最先端をご紹介.
目次
特集
タンパク質リン酸化の全体像の解析から,病態機構の理解,分子標的薬評価の応用まで
プロテオミクスが解き明かす情報伝達ネットワーク
企画/服部成介,石濱 泰
概論:タンパク質リン酸化の全貌を解き明かすプロテオーム解析の進展【服部成介】
近年,リン酸化タンパク質およびリン酸化ペプチド精製法の改良やプロテオミクス分析機器の進歩にともない,膨大な数のタンパク質リン酸化が解析できるようになった.細胞刺激に伴うリン酸化,さまざまな薬剤に対する細胞の応答,プロテインキナーゼ基質の網羅的同定やリン酸化タンパク質複合体の解析など,従来の研究手法では成しえなかった新たな展開をみせている.そこからはじめてみえてきた眺めは,これまでとはまったく違うものである.
リン酸化プロテオーム解析による分子標的薬評価【杉山直幸/石濱 泰】
ゲフィチニブ(イレッサ®)などのチロシンキナーゼ阻害薬は,癌増殖に関与する特定のシグナル伝達経路を阻害することにより癌細胞の増殖抑制や腫瘍縮小効果を示す分子標的治療薬として注目されている.一方で,これらの分子標的薬のなかには副作用を示すものや特定の患者に対してのみ有効なものがあり,分子標的薬の作用や副作用メカニズム解明のための評価法の開発が望まれている.本稿では,リン酸化プロテオミクスを用いた細胞内シグナル伝達プロファイリング法や分子標的薬評価法について紹介する.
タンパク質間相互作用を利用したキナーゼ基質の網羅的解析【天野睦紀,貝淵弘三】
プロテインキナーゼはその発見以来,現在に至るまでシグナル伝達研究の重要な役者の1つであり,さまざまな手法を用いて研究されてきた.キナーゼ基質の同定も古くて新しい問題であり,新しい技術の登場とともに幾度となく取り組まれてきた.現在では細胞内のリン酸化タンパク質を網羅的に取り扱う「リン酸化プロテオーム」解析がめざましい進展をみせている.しかしながら,特定のキナーゼの基質を網羅的かつ簡便に同定する方法は未だ見出されていない.本稿ではキナーゼ- 基質相互間作用を利用したインタラクトームによるキナーゼの基質スクリーニング法について紹介する.
定量的リン酸化プロテオーム解析によるキナーゼ基質探索【松本雅記,中山敬一】
タンパク質のリン酸化は細胞内シグナル伝達機構において最も重要な翻訳後修飾である.ゲノムプロジェクトによって多数のプロテインキナーゼの存在が明らかとなったが,生理的な標的基質が明らかなものは意外に少なく,これらの酵素とその標的基質の対応関係の解明はポスト・ゲノムシークエンス時代の解決すべき最大の課題の1つである.近年,急速に発展した質量分析計を基盤としたプロテオーム解析,特にリン酸化にフォーカスしたプロテオーム解析法はこのような課題に対する有効な研究手法として注目されている.本稿では,われわれが開発した定量リン酸化プロテオミクスを用いたプロテインキナーゼ基質探索法の概要を実際の適用例を交えて紹介する.
植物のシグナル伝達研究とリン酸化プロテオーム解析【梅澤泰史,篠崎一雄】
植物は他の生物とは異なるさまざまな特性を有しており,そのためのシグナル伝達系を備えている.特に,プロテインキナーゼやホスファターゼのファミリー構成が独特であり,タンパク質のリン酸化ネットワークが高度に発達している.近年のプロテオミクス技術の発達によって,植物のリン酸化プロテオームの情報は徐々に蓄積されつつあり,またディファレンシャル解析などによって,生物学的に重要なリン酸化タンパク質を探索する試みもはじまっている.本稿では,まず植物のリン酸化プロテオーム研究の現状について概説し,われわれが取り組んでいる植物の環境ストレス応答におけるリン酸化プロテオーム解析の事例について紹介する.
リン酸化時系列情報からみえるシグナルダイナミクス【尾山大明,秦 裕子】
シグナル伝達系は細胞の増殖,分化といった複雑な生命現象を幅広く制御することが知られており,これまでの幾多の研究によって多くの情報伝達因子とそれらの相互作用ネットワークが明らかにされてきた.本稿では,代表的なシグナル伝達系の1つである上皮成長因子受容体パスウェイを対象として,その根幹をなすチロシンリン酸化シグナルネットワークの活性変動を包括的かつ定量的に捕える方法論を紹介し,細胞内情報伝達の作動原理をシステムレベルで明らかにするための新たな研究の方向性に関して議論する.
腎糸球体上皮細胞におけるチロシンキナーゼシグナリング【張田 豊】
腎臓での血漿の濾過に担う腎糸球体において,糸球体上皮細胞間の接着構造(スリット膜)がきわめて重要な役割を果たしていることが知られている.このスリット膜はまたチロシンリン酸化を受けさまざまなoutside-inシグナルを伝達する場であることもわかってきた.われわれの行ったプロテオミクスを用いたチロシンリン酸化シグナルの解析を含めこの分野の知見を紹介し,そのシグナル系が腎疾患およびタンパク尿の発症といかに結びつくのかについて概説する.
トピックス
カレントトピックス
膵α細胞におけるインスリンシグナルはグルカゴン分泌の重要な調節因子である【河盛 段/Rohit N. Kulkarni】
マウスの絶望行動を制御する量的形質遺伝子【海老原史樹文/冨田 滋】
ヒストン脱メチル化酵素Jhdm2aによる体重調節【立石敬介/岡田由紀/Eric Kallin/Yi Zhang】
腫瘍形成におけるストレス応答キナーゼASK1とASK2によるアポトーシスと炎症の制御【武田弘資/入山高行/一條秀憲】
News & Hot Paper Digest
転写因子TFEBによるリソソームの制御
プルキンエ細胞への抑制性シナプス入力は運動学習の固定に不可欠
poloxamerを利用した体内注入型ゲル化システム
Curis社とDebiopharm社,癌治療に向けたHsp90技術で提携
連載
【新連載】The Future of Cancer Genomics
第1回 次世代の癌ゲノム研究のマイルストーン【Richard K. Wilson】
Editor’s Report 第1回 Washington University in St. Louisの自由な空気【実験医学編集部】
【新連載】バイオ研究者がちゃんと知っておきたい化学
第1回 化学が明かす分子の性質—錯体を例に【齋藤勝裕】
クローズアップ実験法
ウイルスベクターを用いた成熟マウス小脳皮質への遺伝子導入法【平井宏和】
科研費獲得の方法とコツ
第4回 書き進めることは大変だけど…【児島将康】
難治疾患
骨再生臨床最前線の臨床的問題とその打開策【今井祐記/高岡邦夫】
私の発見体験記
ペア型レセプターの解析からウイルスエントリー機構の解明【荒瀬 尚】
ラボレポート-独立編-
“究極の疑問”追求記 —University of Glasgow Division of Cancer Sciences and Molecular Pathology【岩田智子】
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