脳の“糊”と考えられていた「グリア細胞」,20年ぶりとなる本特集では,イメージングや光操作の発達により,心や記憶・学習など高次機能へと迫る,若手研究者による挑戦を紹介.
目次
特集
グリア細胞が心を動かす!
脳回路の情報処理を調律するメカニズム
企画/和氣弘明
もはや“脇役”ではないグリア研究への新しい戦略【和氣弘明】
グリア研究は今新しい転換点を迎えている.これまでのグリア研究ではグリア細胞そのものに焦点が当てられたものが多く,そのグリア細胞自体の性質,病態における変化は理解されるようになってきた.一方でその生理学的な側面に焦点を当て,グリア細胞が神経回路の恒常性をどのように維持しているかについての研究は技術的な制約からこれまであまり進んでこなかった.しかしながら近年,2光子顕微鏡や新しい蛍光プローブ,光操作技術などが発達し,これまでわからなかった新しいグリア細胞の側面がわかるようになってきた.本特集では特に本分野で挑戦的な研究を展開する若手研究者に焦点を当て,さまざまなグリア細胞の新機能を紹介したい.
新規Ca2+可視化技術で見えたアストロサイトによるシナプス制御機構【繁冨英治】
アストロサイトCa2+シグナルの発見は,単なる糊と考えられていたこの細胞の脳機能におけるわれわれの認識を一変させた.「アストロサイトはCaシグナルを介して,周囲の脳細胞と積極的に情報伝達する」という仮説が提唱された.しかし,そのCa2+シグナルを介したアストロサイトの情報伝達の生理的意義は未だ不明な点が多い.近年飛躍的に進化したCa2+動態可視化技術は,この問題を解く1つの鍵となる.本稿では,特にGECI(genetically encoded calcium indicator)によって明らかとなったアストロサイトのCa2+動態とそのシナプス伝達制御における意義について,最新の知見を紹介したい.
心に占めるグリア細胞の役割【松井 広】
自身の内観と異なり,他者の心の存在は,言葉や行動として現れる筋肉の活動を介してしか実感できない.筋肉は神経の支配を受けているため,心の実体は神経活動であると考えられてきたが,グリア細胞に光を当てる実験を通して,これも活発に活動していることが明らかになってきた.いったい,グリアはなぜ騒いでいるのか.グリアと神経は信号の受け渡しをしているのだろうか.今回紹介するのは,このグリア回路と神経回路の間の信号交錯過程を探り出し,心に占めるグリアの役割を解明しようとする挑戦である.
大規模イメージングで見るアストロサイトの多様なCa2+動態【浅田晶子/宇治田早紀子/池谷裕二】
脳情報処理の観点から静的と思われていたアストロサイトが,実はダイナミックなカルシウム活動を示すことが発見されてから30年以上が経ち,イメージング法の発展により,細胞内や細胞間におけるカルシウム動態が徐々に解明されつつある.その結果,規模,メカニズム,そして機能が異なるさまざまなカルシウム活動が発見されている.しかし従来のイメージング法ではこれらの多様な活動を見分け,特徴づけるには限界があると言えるだろう.ミクロイメージングとマクロイメージングの双方を活かし,それらの知見を組み合わせることで,多様なカルシウム活動の意義とメカニズムに迫ることができるはずである.本稿では,アストロサイト・ネットワークという点から現在のイメージングを概観し,当研究室で行われている長時間かつ大規模なイメージングによってとらえられた新たなカルシウム動態を紹介する.
ミクログリアの新規機能から見る脳神経回路編成と脳機能疾患【宮本愛喜子/鍋倉淳一】
これまでミクログリアは傷害および病態時などに活性化し,傷害部へと遊走・分裂して死滅した細胞や老廃物の除去を行っていることが知られていたが,正常時における役割についてはあまり明らかにされていなかった.近年,正常時のミクログリアも活発に活動しており,シナプス監査,シナプス除去,アポトーシスした細胞の貪食などさまざまな働きをもっていることが明らかとなってきた.また,これらの機能が阻害されることで精神・神経疾患が生じる可能性も示唆されている.
神経活動に依存した髄鞘化【和氣弘明/加藤大輔/R. Douglas Fields】
オリゴデンドロサイトは複数の神経軸索周囲を髄鞘化することにより,複数の軸索における神経伝導速度に貢献することができる.これは脳の情報処理を効率化するために非常に有用であると考えられている.しかしながらこのように神経回路における情報処理が髄鞘化によって効率化されるためには,軸索における神経活動の情報が髄鞘もしくはオリゴデンドロサイトにフィードバックされる必要がある.またオリゴデンドロサイトは複数の軸索の髄鞘化を担うためそれぞれのプロセスの局所における神経活動に依存したシグナル伝達が非常に有用な働きをする.本稿ではオリゴデンドロサイトによる髄鞘化がどのように神経活動に依存するかを示し,それにより脳内の情報処理を効率化する可能性を議論したい.
in vivoでグリアを見る・操作するための機能遺伝子発現方法【田中謙二/高田則雄/三村 將】
オプトジェネティクスを用いてグリア細胞の機能を操作する,あるいはカルシウムセンサーを用いてグリア細胞の機能を見ることを提案したとしよう.では実験に必要な機能分子をどうやってグリア細胞に発現させればよいのだろうか? やるからには実験を成功させたい.そんな研究者のために機能分子を高いレベルで発現させる方法を紹介する.その方法はグリア研究のみならず汎用性の高い方法であるので多くの分野で用いられることを期待する.
Update Review
オルガネラ接触部位:多様な機能と疾患【多賀谷光男/谷 佳津子/新崎恒平】
トピックス
カレントトピックス
ハンセン病原因菌によるリプログラミングが感染拡大を促進する【真先敏弘/Anura Rambukkana】
Fbxw7阻害は静止期を破綻させることにより白血病幹細胞を根絶する【武石昭一郎/中山敬一】
血管-神経ワイアリングを構築する基本メカニズム【向山洋介】
バー小体の正体【長尾恒治/野澤竜介/小布施力史】
グリオーマ幹細胞の「幹細胞性」を制御するAMPKファミリーキナーゼMELKの作用機序【中野伊知郎】
連載
生命に魅せられた研究者たちのマイルストーン
IL-6と共に40年―生きた証しに薬を創る【岸本忠三】
クローズアップ実験法
蛍光性ポリマー温度センサーを用いた生細胞内の温度測定とイメージング【岡部弘基】
ラボレポート ―留学編―
砂漠に建つ次世代の大学をめざして ―King Abdullah University of Science and Technology【髙橋将晃】
Opinion ―研究の現場から
必要な理解と支援 研究と育児の両立に向けて【梅澤雅和/谷中冴子/豊田 優】
関連情報
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- 【本書名】実験医学:グリア細胞が心を動かす!〜脳回路の情報処理を調律するメカニズム
- 【出版社名】羊土社
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(2021年8月23日)