実験医学:中分子ペプチド医薬で新たな標的を狙う!!〜新章を迎えた創薬モダリティ
実験医学 2023年1月号 Vol.41 No.1

中分子ペプチド医薬で新たな標的を狙う!!

新章を迎えた創薬モダリティ

  • 門之園哲哉/企画
  • 2022年12月20日発行
  • B5判
  • 137ページ
  • ISBN 978-4-7581-2563-5
  • 2,530(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり

概論

シン・中分子ペプチド創薬への技術革新と進化
Innovations and evolutions for next-generation peptide drug discovery

門之園哲哉
Tetsuya Kadonosono:School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology(東京工業大学生命理工学院)

100年の歴史をもつペプチド医薬が,世界を変える次世代の創薬モダリティとして再注目されている.本特集では,どこまでペプチド創薬技術は進化しているのか,ペプチド医薬開発上の課題はどこにあるのか,といった点に焦点を絞り,ペプチド創薬の最先端を開拓している研究者に各創薬項目の概説と最新の研究成果をご寄稿いただいた.本概論では,次世代型ペプチド医薬を創出する技術を「シン・中分子ペプチド創薬」と名付け,次世代型ペプチド医薬への期待と,ペプチド創薬の技術革新を中心に紹介する.

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 はじめに

ペプチドによる疾患治療の歴史は長く,1922年(大正11年)1月11日,カナダのトロント大学においてⅠ型糖尿病患者に対してインスリンが投与されたのが始まりとされている.前年度にノーベル物理学賞を受賞したアインシュタイン博士が来日された年である.そこから100年が経った現在,改めてペプチド医薬に注目が集まっている.なぜいまペプチド医薬なのか? この世界的潮流を理解していただくために,本概論では創薬モダリティのトレンドとペプチド創薬における技術革新の歴史を概説する.

次世代型ペプチド医薬への期待

近年,創薬の現場では「創薬モダリティ」あるいは「モダリティ」という言葉が汎用されている.これは,創薬技術や治療手段を幅広く指す概念であり,低分子医薬,天然物医薬,中分子医薬,バイオロジクス(バイオ医薬,高分子医薬),ペプチド医薬,抗体医薬,核酸医薬,細胞医薬,再生医療など多様な分類がある.さらに医薬分子のサイズを基準にすると,分子量1,000程度以下の低分子医薬,分子量15万程度以上のバイオロジクス(抗体医薬,核酸医薬,細胞医薬を含む),それらの間に位置づけられる中分子医薬(ペプチド医薬,核酸医薬,天然物医薬を含む)のように分類することもできる(概念図1).


1804年のモルヒネ単離の成功以来,低分子医薬は最も長く研究されているモダリティであり,これまでに2,000品目以上が認可されている.しかし低分子医薬は標的との接触面積が狭く特異性が低いため,副作用が強いことも多く,新たなモダリティの開発が望まれていた.そこで2000年代から急速に発展したのがバイオロジクスであり,すでに200品目程度が認可されている.特に抗体医薬1)は,生体内の抗体同様に,広い接触面積によりきわめて特異的に標的抗原に結合するという特性があり,非特異吸着に起因する副作用を大幅に低減することに成功した.また,抗原親和性に影響を与えずに化学修飾することも容易であり,抗体薬物複合体(antibody drug conjugate,ADC)や光免疫療法薬といった,新たなモダリティも派生している.

一方で,バイオロジクスは分子量が大きく,細胞膜を透過できないため治療標的が限られることなど,課題が顕在化していることも事実である.そこで次世代の創薬モダリティとして中分子化合物,特に中分子サイズのペプチド(中分子ペプチド)が期待されている2)3).すなわち現在期待されている中分子ペプチド医薬は,従来のペプチド医薬とは異なり,低分子医薬のように細胞膜を透過し,細胞内の標的に対して抗体のように特異的に結合して作用することが望まれている.このようなトレンドに合わせるように,国際的な医薬品規制に関するICHガイドラインに基づいて,ペプチド医薬品開発のガイドライン整備も進められている(出水の稿参照).

ペプチド創薬における技術革新の歴史と現状

本稿では,前述のような視点から次世代型中分子ペプチド医薬を創出することを「シン・中分子ペプチド創薬」とよばせていただく.にわかに注目を集めているシン・中分子ペプチド創薬であるが,その達成のためにはペプチド創薬の歴史を理解し,さらに進化させることが重要である.ここではペプチド創薬における種々の技術革新の概要と,本特集の各論の位置づけを紹介する(概念図2).


❶ 生体ペプチドの探索

生体に内在する生理活性ペプチド(生体ペプチド)は,ある細胞から分泌され,特定の細胞に発現する受容体に作用して細胞間のシグナル伝達を媒介するホルモンの1種である.これまでに認可されているペプチド医薬のほとんどは生体ペプチドをもとにしており,約8割が受容体アゴニストとして作用する.そのため新規生体ペプチドの発見は創薬に必要不可欠であった.しかし一般的に生体ペプチドの時空間的な生体内存在量は非常に少ないため,その探索はきわめて困難である.この分野においては1950年頃に最初の大きな技術イノベーションが起こり,各種クロマトグラフィーによるペプチドの高精度精製技術,エドマン分解によるペプチド構造決定技術が確立された.さらにその後も高性能質量分析装置による網羅的ペプチド探索技術4)などにより,現在でも新規生体ペプチドが発見され,創薬展開が進められている(髙山の稿参照).

❷ 抗原結合ペプチドの探索

1)ディスプレイ技術を利用したペプチドスクリーニング

特定の抗原に結合するペプチド(抗原結合ペプチド)を,100万種類をはるかに超える多様な配列のペプチド群(ライブラリー)の中から見つけ出す(スクリーニング)技術も発展を続けている.生体ペプチドとして知られている抗原結合ペプチドはわずか100種類程度であり,ライブラリーの中には非天然配列を含む未知の抗原結合ペプチド配列が高確率に存在する.スクリーニングにおいて重要なポイントとして,どれだけ多数のペプチドの結合能を評価できるか,という点があるが,1985年に発表されたファージディスプレイ技術5)により,一度に最大100億種類のペプチドを扱えるようになった.また2000年代以降,非天然アミノ酸を含むペプチドをディスプレイするRaPIDシステム6)などが開発され,特殊大環状ペプチドや擬天然ペプチドなど,ライブラリーの多様性は拡大を続けている(後藤の稿参照).

2)計算機を利用したインシリコ・スクリーニング

ドッキングシミュレーション,分子モデリング,分子動力学シミュレーションなどを駆使したインシリコ・スクリーニングにより抗原結合ペプチドを探索する技術も進化している7)大上の稿参照).これらは計算機内でペプチドライブラリーを生成し,抗原分子との結合エネルギー等を計算することで最適なペプチド配列の取得をめざすものである.ディスプレイ技術と比べると,より多数のペプチドを高速に評価できる,より複雑な構造をもったライブラリーをデザインできる,という大きな特徴をもつが,抗原分子のアミノ酸配列や構造情報が必要であることが制限となっていた.しかし,2018年に発表された人工知能プログラムAlphaFold 8)は,驚異的な精度でタンパク質構造を予測できることが示され,抗原結合ペプチド探索への応用も始まっている.並行して,機械学習により構造情報を用いずに抗原結合ペプチドをデザインする技術も開発が進んでいる.

1)2)どちらの技術も天然には存在しない抗原結合ペプチドを取得できることから,シン・中分子ペプチド創薬においてもリードペプチド探索の中心技術になると期待されている.

❸ 抗原結合ペプチドの利用拡大

前述のように,既存のペプチド医薬はアゴニスト活性を作用機序とするものがほとんどである.一方で主にがん領域では,抗原結合ペプチドをキャリアとして利用し,標的細胞へ殺細胞効果をもつ低分子薬剤をデリバリーする技術が開発されつつある.2011年,ソマトスタチン受容体を標的とするペプチド受容体放射性核種療法(peptide receptor radionuclide therapy,PRRT)9)が海外で開始され,2020年には国内承認されている.また,抗原結合ペプチドを利用したホウ素中性子補足療法(boron neutron capture therapy,BNCT)や光免疫療法(photoimmunotherapy,PIT)の薬剤開発も進められている10)11)中島・小川の稿参照).シン・中分子ペプチド創薬の進展により細胞内の抗原も標的にできるようになれば,ADCのようにペプチド薬物複合体の開発も可能になると期待される.

❹ ペプチドの膜透過性向上技術

シン・中分子ペプチド創薬では,ペプチドに細胞膜透過性をもたせることが求められる.一般的なエンドサイトーシスやマクロピノサイトーシスによる細胞内取り込み機構では,ペプチドはエンドソームで分解されてしまう.そのため,エンドソームから細胞質へ移行させる技術や,直接細胞膜を透過して細胞質へと到達させる技術の開発が必要である.現在までのところ汎用的な方法は確立されていないが,膜透過ペプチドの融合や12),高い細胞膜透過性を有する天然ペプチドを参考にしたペプチド設計が検討されている(森本の稿参照).さらに,ペプチド群の網羅的解析による膜透過性を決める因子の探索,コンピューターシミュレーションによる膜透過性の解析など,世界中で研究が進められている.

❺ ペプチドの化学合成技術

ペプチドを医薬として提供するためには,化学合成による大量調製技術が必須である.1932年,溶媒に試薬を溶かして反応させる液相法によるペプチド合成技術が開発されたが,10アミノ酸長以上のペプチドの合成は困難であった.一方,1963年に報告された,樹脂上に固定したアミノ酸に順番にアミノ酸を連結していく固相合成法は,原理的には鎖長の限界がなくペプチド医薬の合成に適しており,現在も汎用されている.また固相合成は単純な反応のくり返しであるため機械化しやすく,自動ペプチド合成装置が広く普及している.さらに2010年代には,流路内に溶液を流しながら反応を進めることで,高速・高精度・高収率にペプチドを合成するマイクロフロー合成法13)が考案され,ペプチド医薬合成への展開が注目されている(布施の稿参照).

❻ ペプチドの安定化と投与方法

ペプチドは生体内ではプロテアーゼによる分解を受けやすく,また分子サイズが小さいため腎排泄によりすみやかに体内から消失する.医薬として利用するためには,安定性を向上させる必要があり,さまざまな修飾方法が開発されている3).まず,分解を抑制するためにはプロテアーゼの基質認識を阻害すればよく,1960年代頃からd -アミノ酸や非天然アミノ酸への置換,N末端アミノ基やC末端カルボキシル基の修飾(キャッピング),ジスルフィド結合の導入による構造安定化,環状化,などの修飾技術が開発されている.

一方,腎排泄を回避するためには分子サイズを大きくすればよく,脂質修飾,アルブミン修飾,ポリエチレングリコール(PEG)修飾などがある.また,患者への投与方法も技術革新が進んでいる.現在認可されているペプチド医薬は,注射針による侵襲的投与が一般的である.しかし患者の身体的苦痛を低減するために,吸入投与,経口投与,経粘膜投与,経皮投与などが検討されている(勝見・森下・山本の稿参照).実際,2019年には経口グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬が認可されている.

 おわりに

このように従来のペプチド創薬技術を進化させる形でシン・中分子ペプチド創薬の技術基盤が整いつつある.この発展の勢いを目の当たりにすると,経口投与や経皮投与が可能な,きわめて薬効が高く副作用のない治療薬が開発される未来がすぐそこまで来ているように感じる.これから10年の創薬の中心は次世代型中分子ペプチド医薬になるのかもしれない.SDGsの目標の1つ「すべての人に健康と福祉を」への貢献も含めて,今後も目が離せない.

最後に筆者自身の研究も少し紹介させていただく.われわれの研究グループは現在,機械学習によるシン・中分子ペプチド創薬基盤技術(スマートデザイン)の確立をめざし,ライブラリーに含まれる多数のペプチド群の抗原親和性や薬効をスコア化する方法論の開発を進めている(AMED先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業).これまでの検討の結果,取得スコアを教師データとした機械学習により,薬効を維持したまま例えば抗体からペプチドへモダリティを変更できることがわかってきている.本研究成果の詳細についてはまた改めて紹介したい.


「シン」に思いを込めて

お気づきの読者も多いと思われるが,本概論に用いた「シン・中分子ペプチド創薬」という単語は,話題の映画にインスピレーションを得た造語である.「シン」に込められた「進」や「新」という思いが,ペプチド創薬技術の進化や革新,次世代型ペプチド医薬への期待をうまく表現できるように感じて使用させていただいた.関係者の皆様には,ご容赦いただけると幸いである.(門之園哲哉)

文献

  • Lu RM, et al:J Biomed Sci, 27:1, doi:10.1186/s12929-019-0592-z(2020)
  • Valeur E, et al:Angew Chem Int Ed Engl, 56:10294-10323, doi:10.1002/anie.201611914(2017)
  • Muttenthaler M, et al:Nat Rev Drug Discov, 20:309-325, doi:10.1038/s41573-020-00135-8(2021)
  • Foreman RE, et al:J Proteome Res, 20:3782-3797, doi:10.1021/acs.jproteome.1c00295(2021)
  • Smith GP & Petrenko VA:Chem Rev, 97:391-410, doi:10.1021/cr960065d(1997)
  • Yamagishi Y, et al:Chem Biol, 18:1562-1570, doi:10.1016/j.chembiol.2011.09.013(2011)
  • Tripathi NM & Bandyopadhyay A:Eur J Med Chem, 243:114766, doi:10.1016/j.ejmech.2022.114766(2022)
  • Jumper J, et al:Nature, 596:583-589, doi:10.1038/s41586-021-03819-2(2021)
  • van Essen M, et al:Nat Rev Endocrinol, 5:382-393, doi:10.1038/nrendo.2009.105(2009)
  • Yoneyama T, et al:BMC Cancer, 21:105, doi:10.1186/s12885-021-07815-7(2021)
  • Nakajima K, et al:Int J Pharm, 609:121135, doi:10.1016/j.ijpharm.2021.121135(2021)
  • Schwarze SR, et al:Science, 285:1569-1572, doi:10.1126/science.285.5433.1569(1999)
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本記事のDOI:10.18958/7173-00001-0000339-00

著者プロフィール

門之園哲哉:兵庫県生まれ.2008年に京都大学大学院農学研究科で博士(農学)を取得.その後,国立循環器病センター,京都大学大学院医学研究科,東京工業大学大学院生命理工学研究科を経て,’18年より現職(東京工業大学生命理工学院テニュアトラック助教).学生の頃からタンパク質の機能設計が好きで,現在はウェットとドライを融合したペプチド医薬・バイオロジクスのデザイン技術を研究している.

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