概論
生殖可能ライフスパン研究の最前線 〜不妊の原因解明に挑む生殖細胞研究
Frontiers of reproductive lifespan research
石黒啓一郎
Kei-ichiro Ishiguro:Department of Chromosome Biology, Institute of Molecular Embryology and Genetics(IMEG), Kumamoto University(熊本大学発生医学研究所染色体制御分野)
哺乳類の生殖細胞は雌雄で異なる戦略を用いて,生殖能を長期にわたり維持している.生殖細胞の発生分化の様式,遺伝子発現・エピゲノム制御の様式,減数分裂のしくみ,老化に伴う質的変容など,生殖可能な期間(生殖可能ライフスパン)を決定するさまざまな素過程において雌雄で異なるメカニズムが存在する.本特集では,発生の時間軸,雌雄特異的な制御,種特異的な制御,の角度から生殖細胞研究の最新成果について概説する.さらに,男性・女性の不妊の遺伝学的な原因解明に向けた基礎研究と不妊治療法の開発の現状について紹介する.
はじめに
生殖細胞は,ゲノム情報やエピゲノム情報を次世代に継承する橋渡しの役割を担う.その発生過程をなぞると,胎生期のエピブラストを起源として始原生殖細胞(primordial germ cell:PGC)の出現にはじまり1),精巣内でのプロ精原細胞・精子幹細胞・精原細胞あるいは卵巣内での卵原細胞の出現,減数分裂を経た後に最終的に精子あるいは卵母細胞への分化の経過をたどる.この間に,エピゲノムリプログラミング,染色体・クロマチン高次構造の再編が伴う.この一連の生殖細胞発生のプロセスにおけるさまざまな要因から,有性生殖を行う個体の生殖可能な期間が決定される(概念図).
生殖可能な期間を規定する要素は,発生の時間軸に沿って,生殖細胞の分化の様式,遺伝子発現・エピゲノム制御の様式,減数分裂のしくみ,老化に伴う質的変容に分けることができる.さらにそれぞれの素過程には雌雄で異なるメカニズムが存在する.また卵巣・精巣内で生殖細胞を取り巻く周囲の体細胞からのシグナル伝達や,代謝の変化などが,生殖細胞の発生段階のさまざまなレイヤーで関与する.これらの角度からの視点が,生殖可能な期間に影響を与える要素や不妊の原因となる遺伝学的要因について考察するうえで必要となる.
1哺乳類の雌雄生殖細胞における生殖可能期間の決定様式
哺乳類では雌雄で異なる戦略を用いて生殖能を長期にわたって維持している.男性/雄の場合,精巣では思春期以降になるとほぼ生涯にわたって減数分裂がくり返されて精子が産生される.精巣には精子幹細胞が存在しており,幹細胞性を保ちつつ自己複製をくり返す(概念図).この精子幹細胞は,恒常的に精母細胞への分化,減数分裂を経ることで,生涯にわたって大量の精子を産生し続ける供給元となる.
鈴木・吉田の稿では,未分化状態で維持されるマウス精子幹細胞が異なる性質をもつ細胞から構成される不均一な集団として維持され,複数の状態を可逆的に転換している現象について概説する.
これに対して,哺乳類の女性/雌では生殖幹細胞集団が存在しない.女性/雌の場合,性決定を受けた始原生殖細胞は卵原細胞へと分化を遂げて,胎児期のごく限られた期間に卵巣の中で減数分裂が開始される2)3).胎児の時期に減数分裂に入った卵母細胞(卵子)は,排卵が起こるまでいったん長期の休眠状態に入ることが知られている(概念図).この卵母細胞の休眠状態はヒトの場合には最長で40年以上にも及ぶ.成体の卵巣では,休眠状態の卵母細胞の一部が周期的に活性化されて減数分裂を再開することにより,長期間にわたって卵母細胞のプールを維持している.男性/雄とは違って,女性/雌の場合,生殖細胞が減数分裂に入って卵母細胞になるチャンスは,出生前の胎児期の限られた期間しかない.したがって,卵巣では胎児期の限定された時期に減数分裂に入ることができた生殖細胞によって,生涯にわたって必要とされる生殖可能な卵母細胞の数,すなわち女性/雌の生殖可能期間が決まることになる.休眠状態の間の卵母細胞の質的変容あるいは休眠維持の破綻は不妊や受精後の初期胚発生の異常の原因となることから,卵母細胞プールを維持することは生殖医療の臨床的な観点からも注視すべき問題であるが,その制御機構については不明な点が多い.林の稿では,卵母細胞の発生休止と発生再開の制御において,キーとなる複数の転写因子が卵母細胞に特異的な遺伝子発現プログラムに関与すること,さらに卵母細胞を取り巻く体細胞との相互作用や低酸素条件,高圧条件などの卵巣環境が影響することについて,最近のin vitro卵母細胞誘導系を駆使した研究成果から概説する.
生殖細胞の発生は種によって異なる様式や制御を示す事例が多く知られるようになり,ノックアウトマウスなどの実験動物から明らかとなったしくみが,ヒトの発生に必ずしもそのまま当てはまらないことがわかってきた.近年,ES/iPS細胞から試験管内で機能的な配偶子を誘導する技術が確立して,もはや本来の発生のタイムスパンを短縮して個体をつくり出すことさえ可能になった.基礎研究の臨床への還元を考える際に,ヒト・霊長類のin vitro生殖細胞誘導の技術は,研究サンプルレベルでの困難を克服し,真にヒト生殖細胞の発生様式を理解するうえできわめて重要な位置を占めている.水田・斎藤の稿では,ヒト生殖細胞発生の機構とその試験管内再構成の最新の動向について概説する.
2雌雄生殖細胞における減数分裂の制御様式
減数分裂は次世代への染色体・遺伝情報の継承を担う生殖細胞の本質的な役割を演出するステップである.近年,減数分裂関連遺伝子の変異を原因とする男性不妊の症例4)や,GWAS研究から減数分裂関連遺伝子と卵巣の加齢性変化・女性不妊との相関が報告されている5)6).実際,疾患モデル動物の解析からも雌雄不妊を呈する新規の減数分裂関連遺伝子の同定が多数報告されている7)8).
卵巣や精巣の生殖細胞は,はじめ体細胞分裂により細胞増殖が行われ,ある時を境に減数分裂に移行する.減数分裂は,本質的には細胞周期に減数分裂仕様の染色体制御の実行プログラムが上乗せされたものと見ることができ,S期のタイミングで開始される.卵子・精子の有性生殖の戦略を獲得したほとんどの生物種においては,雌雄で異なる減数分裂の制御様式を示すことが知られる9).
例えばヒトやマウスの卵母細胞では,精母細胞と比べて染色体軸構造が大幅に伸展していることや,減数分裂組換えにおいてゲノム上の組換えのポジションに偏りがあることが知られている.それに伴って,卵母細胞では精母細胞に比べて,二価染色体のキアズマの位置の偏りがあることや,相同染色体1ペアあたりの交差数が若干多いことが知られている.減数分裂組換えは遺伝情報の多様性を生み出すためのプロセスであることはよく知られる.じつはそれ以外に,減数分裂組換えにはキアズマの形成を介して第一分裂時に相同染色体間に張力を発生させて分配エラーを起こさないように働くという本質的な役割がある.老化に伴って高くなりがちな卵母細胞の第一分裂の染色体分配エラー頻度を補償するしくみと見る解釈もあるが,その生物学的意義は十分には解明されていない.
先述のとおり,減数分裂は雌雄生殖細胞の発生過程の異なるタイミングで開始される.とりわけ,胎児のある一時期に限って減数分裂にエントリーする女性/雌に特有のメカニズムはよく理解されていない.島田・石黒の稿では,減数分裂の開始のしくみに男性(精巣)と女性(卵巣)との間で異なる調節があること,そして卵巣に特化した減数分裂のエントリーにがん抑制タンパク質レチノブラストーマ(RB)の働きが関与していることについて概説する.
減数第一分裂前期(meiotic prophase Ⅰ)とよばれる時期は細胞周期のG2期に相当する時期であるが,体細胞分裂における通常の細胞周期のG2期と比べてタイムスパンが延長されている.この時期に,雌雄生殖細胞では減数分裂仕様の染色体高次構造の大幅な再編を伴って,相同染色体の対合,組換えによって二価染色体が形成される.
減数第一分裂前期では,減数分裂組換えエラーやトランスポゾンの活性化によるDNAダメージに対して,雌雄で異なる感受性あるいは制御様式があることが知られている.男性/雄ではパキテンチェックポイントとよばれる機構により厳密にチェックされ,第一分裂前期の素過程において何らかの欠陥を示す精母細胞は積極的に排除され雄性不妊に至る.一方,女性/雌の減数第一分裂前期ではこのチェックポイント機構が甘く,組換えや相同染色体の対合の素過程で生じた不具合に寛容であることが知られている.言い換えれば,卵巣では胎児期に減数分裂に進行した限られた数の卵母細胞リソースを,多少のリスクを払ってでも確保する戦術をとっているものとも解釈される.
減数第一分裂前期の素過程では,遺伝子発現調節レベルでも雌雄性差がみられる.とりわけ,精母細胞のパキテン期(減数第一分裂のサブステージについては,島田・石黒の稿を参照)では大規模な遺伝子発現の変動が起こることが知られている.精母細胞で顕著にみられるチェック機構は,減数分裂のプログラムを改変する形で上乗せされるらしく,おそらく減数第一分裂前期のパキテン期を超えて先のステージへの進行を許可する遺伝子発現ネットワークレベルでの制御があるものと推測されるが,そのメカニズムの本質については不明な点が多い.北村・行川の稿では,精母細胞のパキテン期におけるスーパーエンハンサーの形成,XY性染色体の不活性化現象,ポリコーム抑制複合体PRC1による体細胞型遺伝子群の抑制機構,について最近の研究成果を概説する.
卵母細胞は相同染色体の対合,組換えのプロセスを完了するといったん減数第一分裂前期の途中でdictyate arrest/diplotene arrestともよばれる停止状態に入る.先述の卵母細胞の休眠状態とはこの減数第一分裂前期での停止状態のことを指しており,一種の細胞周期のG2期での長期停止状態と見ることができる.精母細胞と卵母細胞とで同様の染色体動態のプロセスを経ながら,卵母細胞が組換えの交差形成の完了と連動して,どのように減数第一分裂前期を長期間停止させるのか,そのメカニズムはよくわかっていない.
林らにより,卵母細胞の発生に働く数個の転写因子の強制発現によりマウスES細胞から減数分裂の過程をスキップして卵母細胞様の細胞をin vitroで誘導できることが示されている10).同様に,減数分裂のエントリーに必要なMEIOSINやSTRA8を欠損させたマウスでは,減数第一分裂前期のプロセスを経由しないにもかかわらず,メス生殖細胞が見かけ上は成熟卵母細胞様の分化を遂げることが示されている11)12).したがって,“減数分裂”と“卵母細胞の分化”とは遺伝学的に分離されたプロセスであることが示唆される.今後,卵母細胞の休眠すなわち減数第一分裂前期での停止のメカニズムを考える際には,“減数分裂型の細胞周期制御”と“卵母細胞の発生の制御”,両者の遺伝学的経路を切り分けて考えることが求められるであろう.北村・行川の稿では,卵母細胞の第一分裂前期の停止の前後において,PRC1による遺伝子発現抑制機構やエピジェネティック制御が関与していることについて概説する.
3男性・女性の不妊の原因解明と不妊治療法への臨床応用
近年,不妊治療に対して公的補助が適用されるなどの社会的背景から,不妊治療に関連する基礎研究や臨床応用に関心が高まりつつある.先進国における晩婚化傾向を受けて,とりわけ女性の出産年齢の高齢化と不妊や流産との関連についての基礎研究の重要性が高まっている.女性の場合,数十年という長期の休眠状態を経る卵母細胞の老化に伴う質的変容と染色体分配異常との関係は,不妊の原因を考えるうえで最も考慮すべきファクターの1つと考えられる.竹之内・北島の稿では,卵母細胞の減数分裂における姉妹染色分体の接着を支えるコヒーシンと紡錘体の制御,さらにカロリー制限による遺伝子発現パターン変動の観点から,卵母細胞の老化に伴う質的変化についての最新の研究成果について概説する.
早発卵巣不全は若い年齢のうちに卵巣内の卵胞が枯渇することで早期に閉経する疾患である.この病態は残存している休眠原始卵胞の活性化が起こらなくなるもので,自己の卵子を使った治療法の確立が待望されている.近年,休眠原始卵胞を人為的に活性化できれば,早発卵巣不全患者が自己の卵子で妊娠可能となるだろうとの考えのもとで,基礎研究や治療法の開発が行われている.河村の稿では,マウス卵巣組織の体外培養を用いた基礎研究から,PI3K活性化およびPTEN抑制によって休眠原始卵胞が活性化されること,さらに卵巣皮質組織の物理的小断片化によりHippoシグナルの抑制を介して初期卵胞の発育が促進されることについて紹介する.さらに,これらの基礎研究の知見をもとにした卵胞活性化療法の開発や,早発卵巣不全患者への臨床応用について概説する.基礎研究の知見が実際に画期的な不妊治療法の開発に応用されたケースとして,今後のさらなる改良と発展が期待される.
不妊原因の約半数は男性に由来するが,依然として多くのケースで原因不明とされる.男性不妊の多くが精子形成不全に起因することから,男性不妊を理解するには精巣で発現する遺伝子の基礎研究レベルでの機能解析が不可欠である.近年,受精卵ゲノム編集を用いることでノックアウト動物の作製が格段に容易になり,精巣特異的発現を示す遺伝子の機能解析が進んでいる13).増子・伊川の稿では,ノックアウトマウスの精力的な解析から精巣特異的発現を示す遺伝子には不妊や妊孕性低下にかかわる表現型が高い頻度でみられること,さらにノックアウトマウスの解析で得られた知見がヒトの男性不妊の原因遺伝子の解明や不妊治療法の方針決定に還元される可能性について概説する.
おわりに
本稿の各論で詳述されるように,ゲノム編集法による遺伝子改変マウスを⽤いた精力的な解析に加えて,近年の単一細胞レベルの遺伝子発現・エピゲノム解析,⽣殖細胞の試験管内再構成などの技術的発展により,哺乳類⽣殖細胞の発生様式の理解が飛躍的に進んでいる.とりわけ今後臨床への応用を考えたときに,⽣殖細胞の発生様式について,種間で保存される原理的共通性と種に固有の特殊性とを切り分けて理解することが求められる.今後,新たな方法論の開発や多様な種を用いた研究から得られる知の共有により,遺伝子の種間対応関係すなわちオーソロジーでは予想もできなかった新たな⽣殖細胞発生のメカニズムやロジックが発見されることが期待される.また,不妊の原因解明の問題は,生殖細胞発生,受精,減数分裂,初期発生,性分化など,広く基礎研究のフィールドにまたがるため,本特集で扱えなかったテーマもある.これまで細分化されていた有性生殖に関連するさまざまなテーマと生物種を研究対象とする若手研究者あるいは臨床の医師が,本特集各論からのメッセージを汲みとって,枠組みにとらわれない有性生殖研究コミュニティーの形成へとつながることを期待したい.
文献
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本記事のDOI:10.18958/7407-00001-0001139-00
著者プロフィール
石黒啓一郎:1995年東京大学理学部卒業,2000年東京大学大学院理学系研究科修了(坂野仁教授),博士(理学).’00年米国Dana-Farber Cancer Institute/Harvard Medical School,’05年東京大学分子細胞生物学研究所,’14年慶應義塾大学医学部を経て,’16年より熊本大学発生医学研究所独立准教授を経て教授.当グループでは,細胞周期制御,染色体構造,遺伝子発現制御の角度から減数分裂の研究を行っている.生殖細胞をin vitroで誘導することができるようになったこの時代においても,減数分裂を自律的に完遂させるのは技術的にもハードルが高いらしく,このプロセスの理解はまだまだ未知の部分が多い.減数分裂は今や生物学の古典とも言える研究領域であるが,これらの素過程の還元的な理解を通して,構成的アプローチにより培養細胞でも人工的に減数分裂を誘導可能とすることをゴールとして研究を推進している.