ゲノム解析の次のステップとして,細胞内のタンパク質の機能とネットワークを網羅的に解析する「プロテオミクス」が誕生して10年.節目を迎え,ますます発展する解析技術は多くの研究者が活用しています.そこで本特集では,プロテオミクスによって解明された,翻訳後修飾やシグナル伝達経路,ペルオキシソームの新機能から疾患のメカニズムまで,第一線で活躍する研究者に最新知見をご紹介いただきます.ぜひご一読ください.
目次
特集
プロテオミクスでみえてくる生命機能の新たなメカニズム
企画/戸田年総
概論 プロテオミクス10年の軌跡と進路【戸田年総】
ポストゲノム時代の新しいタンパク質研究法として誕生したプロテオミクスも,今年で10年目の節目を迎える.当初は二次元電気泳動で分離されたタンパク質を,MALDI-TOF質量分析で網羅的に同定するだけのものであったが,蛍光標識による二次元ディファレンシャル電気泳動法(2-D DIGE法)や,二次元LCとタンデム型質量分析によるショットガンプロテオミクス,定量的質量分析法(ICAT法)などが開発されたことにより,いまでは基礎から疾患研究まで広い分野で盛んに利用されている.そこで本特集では第一線の研究者に,プロテオミクスで何がどこまでわかったかを,わかりやすく解説していただくことにした.
プロテオミクスでみえてくる翻訳後修飾の機能〜プロテアソームを例として【川崎博史,平野 久】
タンパク質のほとんどすべてが何らかの修飾を受けており,多くのタンパク質が翻訳後修飾を受けてはじめて本来の機能を発揮する.細胞の生理的な状態とタンパク質の発現や翻訳後修飾は関連しており,タンパク質の発現を解析するだけでなく,その翻訳後修飾も網羅的に解析することが細胞の状態を知るうえで重要である.プロテアソームのようなタンパク質複合体においては,さまざまな翻訳後修飾がさまざまなサブユニットにおいて起こり,さまざまな細胞内情報伝達経路が交差する場となっている.翻訳後修飾の検出法,修飾部位の決定法についてまとめ,プロテアソームの翻訳後修飾と機能について述べた.
脳腫瘍の病態プロテオミクスでみえてくる新たなシグナル伝達経路【荒木令江】
近年のプロテオミクスの技術革新により,今まで困難とされていた生体内微量タンパク質の情報が,かなりの感度で定量的,かつハイスループットに得られるようになった.いまだ,転写因子など微量で変化の激しいタンパク質や翻訳後修飾分子情報の詳細を得ることは早々簡単ではないが,日々進歩するプロテオーム解析技術と,めまぐるしく更新されるデータベース情報を基盤とし,病態サンプルから得られる種々のタンパク質や mRNAのディファレンシャル解析データを統合マイニングすることによって,病態発症・進展・薬剤感受性などに最も関連する細胞内分子シグナルネットワーク情報を客観的に抽出できる時代が来ようとしている.
オルガネラ・プロテオミクスでみえてくる新たな生命機能〜ペルオキシソームへの応用【池田和子/谷口寿章】
通常のプロテオミクスでは細胞に発現しているタンパク質を丸ごと処理することでタンパク質発現を網羅的に解析する.オルガネラ・プロテオミクスでは,細胞をさらに分画し,単離した細胞内小器官の構成成分を網羅的に解析することで,細胞を解剖する.試料の調製法など,オルガネラ・プロテオミクス特有の問題点を解決することで,細胞全体の解析ではみえなかったことがみえてくる.本稿ではオルガネラの1つであるペルオキシソームの解析を通じてオルガネラ・プロテオミクスがもたらした新たな生命機能への展望を紹介する.
ダウン症候群モデルマウスのプロテオミクス −ヒト21番染色体トリソミーの意味【西垣竜一/香月康宏/井上敏昭/押村光雄】
ダウン症候群は21番染色体トリソミーにより生ずる先天性疾患であり,精神発達遅滞や心奇形など多様な症状を呈する.しかしながら患者間の臨床症状に大きな差がみられ,多数の遺伝子が関与していることから,特定の症状と21番染色体上の特定の遺伝子との関連付けは容易ではない.そのためダウン症候群により近い表現型をもつ新しい疾患モデル系が求められていた.本稿では染色体導入技術で作出したヒト21番染色体を保持する新しいダウン症候群モデルマウスについて紹介するとともに,さらにこの系において過剰のヒト21番染色体がその他のゲノム遺伝子発現に及ぼす影響をプロテオームにより解析した結果を紹介する.
プロテオミクスでみえてくる肝細胞癌の分子病態【中村和行】
ヒトプロテオミクスの進展により,ヒトC型肝炎ウイルス(HCV:hepatitis C virus)の慢性感染によって発症する肝細胞癌(HCC:hepatocellular carcinoma)の分子病態を詳細に検討することが可能になってきた.HCV-HCCのプロテオミクスによって明らかになったタンパク質群の変動とそれらの機能解析からHCCの発症機序の解明や予後判定が可能になりつつある.今回,HCV-HCC症例の癌部および非癌部組織の詳細なプロテオミクスによってみえてくるHCCの分子病態を述べる.
プロテオミクスによる癌の悪性形質を裏付けるタンパク質群の同定〜オーダーメイド医療のための腫瘍マーカーの開発へ向けた試み【近藤 格】
プロテオミクスの分野では技術開発と並行して癌の網羅的タンパク質発現解析が盛んに行われている.臨床応用に最も近い研究例としてはオーダーメイド医療のための腫瘍マーカーの開発があげられる.癌の悪性形質を裏付けるタンパク質群をプロテオミクスの技術で同定し,より正確な診断を行い最適の治療法を選択するための腫瘍マーカーとして使用しようとする試みである.すでに肺癌や脳腫瘍に関しては癌患者の予後を予測できるタンパク質群がプロテオミクスの技術で報告されており,実用化へ向けた発展が期待される.
トピックス
カレントトピックス
visfatin:インスリン様作用をもつ新規アディポサイトカイン【福原淳範/下村伊一郎】
シナプス特異的ラミニンとカルシウムチャネルの相互作用による神経終末の分化【西宗裕史/Joshua R. Sanes】
心肥大におけるアディポネクチンの役割【柴田 玲/大内乗有/Kenneth Walsh】
核外輸送複合体の結晶構造【松浦能行】
News & Hot Paper Digest
興奮毒性時におけるNa+/Ca2+exchangerのカルパイン依存性分解【神崎 展】
X染色体不活性化とPcGサイレンシング【佐渡 敬】
神経幹細胞から血液細胞をつくる【原 孝彦】
細胞内局在を予測するアミノ酸配列【美宅成樹】
連載
クローズアップ実験法
メタボノミクス実験法概論【川口 謙/木村一雄】
私が名付けた遺伝子
第4回 kai【近藤孝男】
Current Mini Review
血球の恒常性とDok-1/2の新たな機能【山梨裕司/保田朋波流/篠原久明】
ラボレポート−留学編−
You See Sul-Fatase! カリフォルニア大学サンフランシスコ校 スティーブン D. ローゼン研究室〜University of California, San Francisco【神田英伸】
関連情報
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(2021年8月23日)