実験医学600号突破記念号より
いま学会・研究コミュニティーのあり方を議論しよう
[座談会]水島 昇,杉本亜砂子,吉森 保,岩崎秀雄
編集部より
研究の成果をアピールする,分野内外の潮流を知る,共同研究につなげる.これまで,学会は研究者にとってなくてはならないものとして,存在し続けてきました.ところがこの10年ほどの間に,多くの生命科学系の学会で会員数や年会参加者数が減少してきています.また,現場からは「参加する学会や発表会が多くてたいへんだ」という声も聞かれるようになりました.
一方,現場に目を向けると,SNSなどのソーシャルメディアが研究者の間でも普及し,新しいコミュニケーションの手段として利用されています.また,若手が中心の非常にアクティビティーの高い研究会が次々と生まれるなど,新たな動きもあります.
一体,何のために学会に参加するのでしょうか? 学会は研究あるいは社会においてどんな役割を担っているのでしょうか? そもそもどんなコミュニケーションの場が必要なのでしょうか? ここでは,そのような学会の役割や意義について改めて問い直し,考えてみたいと思います.
本座談会では,生命科学系の2大学会である日本生化学会,日本分子生物学会をはじめ,中規模の代表的な学会である日本細胞生物学会,また小規模な研究会として「細胞を創る」研究会の運営や設立にかかわっておられる水島昇先生,杉本亜砂子先生,吉森保先生,岩崎秀雄先生にご参加いただきました.一研究者として,また運営に携わる立場として,学会と研究コミュニティーのあり方について議論いただきました.
若い人は以前ほど学会の価値を認めていない?
この数年の学会や研究会をとりまく状況についてどのように感じていらっしゃいますか.会員数や年会の盛り上がりはいかがでしょうか.
水島 おそらく大きな学会に共通の問題だと思いますが,会員数は少しずつ減って,大会参加者数も減って,年会を開くための予算を集めるのに苦労する,という状況があるのではないでしょうか.研究者が少しずつ減ってきているにもかかわらず,新しい学会が次々とできている状況で,必然的にこういう問題が起こっているのではないかと思います.この座談会では,大きな学会と小さな学会のそれぞれの存在意義が1つの議論のポイントになると思います.もう1つは,小さな学会ではテーマの焦点を絞った方がより人が集まり活気もあるという対比になっているので,そこもポイントだと思います.
私がいま会長を務めている日本生化学会は,一時10,000人以上いた会員が,いまは8,000人前後で推移しています.いまのところは学会に資産が十分あって,去年は黒字でしたが,年々会員が減っているのでさらなる経営の工夫は必要だと思います.
杉本 私が今年から理事長をしている日本分子生物学会は,ピーク時の会員数が2005年の約16,000人,現在は13,500人程度で,年々少しずつ減っています.年会の参加者は8,000人弱くらいで確かに減っているんですけれども,われわれはそれほど危機感をもっているわけではありません.少子化もありますし,学会が増えれば会員の増減はしかたない.その時期の身の丈にあった運営をしていけばいいのではないかと考えています.今のところ赤字にはならない状況で運営できていまして,それなりにいろいろな予算の見直しなどの経営努力をしています.
吉森 私は日本細胞生物学会の会長をしています.生命科学分野では分子生物学会と生化学会の2大巨大学会があって,あとはその間を埋めるようにいろいろな学会があるんですけど,われわれはそのなかでも小さい方です.いま会員数は1,200人で,年会の参加者は700人くらいです.最近まで会員数はじわじわ減っていましたが,ここ数年努力をした結果として微増しているので,大きくすることを望まなければ危機的ではありません.だからといって何もしないでいるとおそらく消滅してしまうのではないかと思っています.
というのは,特に若い人は昔ほど学会の価値を認めていないように感じています.われわれのときは学会に入らないといけない,という思い込みがありました.私の場合は自分の先生が細胞生物学会の重鎮だったので,刷り込みのような形でずっとやってきましたし,愛着もとてもありますがそれだけではやっていけない時代です.いま,学会というもの自体の意義を問わないといけないと考えています.例えば小さい研究会がたくさんあります.非常に専門化していて情報の密度が高い,新学術領域やCRESTなどの班会議ですね.より実効性があると感じる人は多いんじゃないでしょうか.そうすると,改めて学会に行くのはどうか,となるのは当然ですし,学会員であるという意味も今はぼんやりしているように思います.
岩崎 「細胞を創る」研究会は,2006年に正式に発足した研究会です.私も発起人としてかかわり昨年は会長を務めました.最初は手弁当で,今でもほぼ手弁当に近い形で運営しています.登録しているのは600人くらいで,年会の規模はだいたい200人くらい,発表が120〜30というのがずっと続いています.当時30代くらいの若手の研究者が集まって立ち上げたんですが,その後比較的順調に分野として発展してきました.定着する人は定着し,やっぱり違うなという人は出て行く.いまのところはそんな感じでやっています.多くの場合,「細胞を創る」研究会で濃い議論をしつつ,大きな学会の関係するテーマのシンポジウムでどれだけ通用するかを試す,という感じでバランスをとっているように思います.
「場」としての年会は魅力的か
アンケートによると,年会に参加すること自体は全体としては比較的ポジティブにとらえられているように思います.
水島 研究というのは,「こんな成果が出た.それを皆に見て欲しい」という思いが根本にあるので,学会をプラスに考える人が多いのは自然なことだと思います.でもそう考えると,当然小さな専門性のある学会の方が共感が得られやすいので,より居心地がよいということになると思うんです.でも学会の意義としてはおそらくそれだけではだめで,自分がやっている分野以外のところに広く目を向けて議論をする,他の分野の人に話をしてフィードバックをもらう.大型の学会はそんな役割を担うという意味で必要だと思います.そういう意義を若い人たちが少し見失っているとすれば,残念なことだと思います.
杉本 学会の大中小それぞれの役割があると思うんですね.分子生物学会は設立約40年を迎えるんですけれども,設立当時の趣意書に“分子生物学会は,広い領域にまたがる研究者がそれぞれの専門分野で研究を続けつつ連携し,真に学際的立場に立脚した生命科学をつくることをめざすものであります.”と書かれています.設立当時から他の学会に属していることが前提で,そこで専門的な研究をしつつ,分子生物学会では学際的な話をするということが設立趣旨だったんです.いまでもその理念を維持していると思っていまして,分子生物学会がカバーしている領域は,もう「生命科学会」といっていいくらい幅広くなっています.だから分子生物学会は,それぞれの学会をつなぐ発表ができる学際的な場として適したものになっています.大きな学会の役割はそういうところかなと思います.
吉森 その点で細胞生物学会は規模的には中途半端だと思います.ですが,逆にこのぐらいの規模の学会の存在意義はあるのではないかと思っています.一生懸命,存在理由を探していたという面もありますが,細胞生物学会では大きな学会にはできないことができるし,オートファジー研究会のような小さな専門性の高い研究会では得られないものが明らかにあります.すごくメリットがあるのは,「お友達」をつくることができるということです.「お友達」というのは,親密性の高い研究者ネットワークという意味です.それも完全に同じ分野,狭い領域でない友達です.「細胞生物」は領域の名前ですが,何でもありのわりには学会のカラーがあります.若い研究者が孤立してしまうと研究は衰退していくと思うんですね.それを完全にではないにしても解消するツールになりうると思います.私はもっと積極的にそれを売りにしたいですし,皆がそう思って活動してくれたらいいな,と思っています.
杉本 細胞生物学会の素晴らしいところは,若手教育にすごく力を入れていて,シニアな人たちと若手の接点を積極的につくっていることですよね.それは分子生物学会では限界があります.ですから顔が見える学会ではそういうことをやるべきで,中規模の学会の役割はそういうところにあります.少し前に発生生物学会に行ったときもそう思いました.それぞれの規模でできることが異なるので,おそらく併存し続けるのではないかと思っています.
岩崎 私は大きな学会には,よばれたら行く程度であまり参加していません.ところで,大きい学会について若手が素朴に思っているのは,「化学会」とか「物理学会」はあるけれども,なぜ「生物学会」はないのか,ということです.生物学の分野では,生化学会と分子生物学会が2大学会として別々にありますよね.僕ら末端の人にとっては,やはりわかりにくいところです.
水島 じつはそれは日本だけの事情で,世界ではBMB(biochemistry and molecular biology)がほとんどで,分子生物学会と生化学会がある国は,私が調べた限りではありません.
吉森 巨大学会には,分野全体を代表して例えば政府に対して意見を言うという役割もあります.下世話な話ですけど,分野にお金をとってくるということもそうですよね.その点で物理学会や化学会はすごく強力なんです.生命科学はバラバラです.せめて合同大会にして欲しいと感じます.
杉本 合同大会はときどきやっていますね.数字で見ると,2つの学会には理事のオーバーラップはかなりあります.ただじつは全体で見ると,分子生物学会の会員のうち生化学会に入っている人が20%程度,生化学会の会員のうち分子生物学会に入っている人が25%程度ですので,多分皆さんが思っている印象よりは分野のオーバーラップは少ないと思います.
水島 2015年の合同大会でとったアンケートでは60%が「年会は合同がよい」(「単独がよい」は23%)という回答だったので,会員の多くの意見はやはり2つあることに何らかの違和感をもっている,ということではないでしょうか.
杉本 そのあたりはアンケートのとり方にもよると思います.分子生物学会でもいろいろと状況を分析して今後の動向を判断していこうという状況です.
分子生物学会は名前の通り,「分子」という共通言語で,「生命を広く見る」というところをもともと目的としているので,例えばゲノム科学が出てきたり,バイオインフォマティクスとかシミュレーションのような新しいものが出てきたりしたところで,それらを全部取り込めるようなフレキシビリティがありました.つまり,「共通言語を使う人は誰でもどうぞ」という開かれたところが,いろいろな分野の人が入ってきた理由ではないかと思っています.一方で生化学会は,「生化学」という枠組みをしっかりもってらっしゃる気がします.
吉森 中身はそれほど変わらないと思いますが,確かに文化は少し違うように感じます.
水島 やはり,個別の学会の事情で考えるよりは,これからの若い人たちのために大きな学会をどうしていったらいいのかを,学会を超えて考えたほうがいいと思っています.大きな学会の意義は私は絶対にあると思っています.研究者は,自分の分野には興味があるんだけど,少し離れたところはあまり興味がない,ということになりがちです.学者であれば,いろんな分野のことを理解して説明できるほうがいいと思っています.
吉森 巨大学会の弱点があるとしたら,大きすぎてどこに行ってよいのかわからないんですよね.若い人は自分の知り合いがいるシンポジウムとポスターセッションに行くだけで,下手したら研究会に行くよりも狭い勉強しかしない.これは行く側の問題ですけど.
水島 その通りです.自分の関連する分野だけに4日間出て終わると全く意味がなくなってしまいます.
杉本 大きな学会で企画する側がもう少し考えるべきなのは,例えばオートファジーというテーマであれば,オートファジー研究会も,細胞生物学会もあるんだから,分子生物学会ではより学際的な視点を入れたシンポジウムを組んではどうか,ということです.現状は,いまだに例えば「新学術領域」と同じグループがシンポジウムをつくるというのが問題で,むしろ次の新学術領域をめざして新しいシンポジウムを作るとか,新学術領域と関係がなくてもより学際的なものを,大きな学会はめざすべきだと思います.
海外の学会に学ぶ合同大会と若手育成の試み
外国では,例えば米国の生命科学の学会はどのように開催されていますか.
吉森 米国は,細胞生物学会(ASCB)の方が生化学・分子生物学会(ASBMB)より大きいんですよね.だから,米国の細胞生物学会は日本の分子生物学会と同じような育ち方をしています.
水島 逆にASBMBの方は他の5つの学会とコンソーシアムを組んでExperimental Biologyという年会を行っています.日本でも,ちょうど今年12月にそのような試みとして篠原彰先生と大野茂男先生がConBio2017を開催する予定ですが,それがどうなるかで今後の方向性が見えてくると期待しています.
吉森 コストの面から考えても,いくつかの学会のコンソーシアムで場所を借りて開催する米国のコンソーシアムは非常にいいやり方です.細胞生物学会もぜひ見習いたいと思っています.
杉本 私も,中規模の学会が共同で場所を借りてパラレルにやる合同年会というアイデアには大賛成です.一方で分子生物学会は,規模の問題でほぼ横浜か神戸でしか開催できません.会場を借りるときに,いかに企業に展示を出していただくかが問題になります.そうすると合同で規模が大きくなりすぎると,企業の数も頭打ちになってしまうので,収入は増えないけども,場所代がかさんで結局赤字になってしまう.だから,今で言うと結局8千人や1万人が,スケールメリットがあり,かつ赤字にならない上限ではないかという印象をもっています.
若手の教育の場という観点ではどのような開催のしかたがよいのでしょうか?
吉森 細胞生物学会も若手の教育については,いままで両極端なことを振り子のようにくり返してきています.昔,学会を主導している先生達が話し合って,「若者におもねるのはやめよう」となったことがあります.若者には発表なんかさせない,シンポジウムは1つだけで外国からよんできた偉い先生が発表することにしたら,若い人は来なくなってしまいました.これは若者だけではありませんが,参加している意識を持っていなければ,この規模の学会は立ち行かなくなってしまいます.彼らが実際に参加して,自分達が学会をなんとかしようという意識を持ってもらうことが大事です.細胞生物学会には将来計画委員会というものがあって,学生から教授までが委員になっています.多くの人が単に会費を払って会員になっているというだけでは弱体化していくと思います.
杉本 人材育成という点では海外の例ですが,私が参加している,Internatinal C. elegans Meetingという線虫の国際学会があります.参加者は1,700人ぐらいで,口頭発表はポスドクと大学院生が中心で,プレナリレクチャーみたいなものもほとんどありません.とにかく研究している人が発表する.セッションのchairは独立したての若手PIがやる.オーガナイズは中堅PIがやる.大御所は何もしない.というように若い人が主役という伝統があります.そうすると,この人はPIになりそうだとか,PIになったばかりだなと若手の顔が見えるので,とてもおもしろいです.それに比べると日本では偉い先生がシンポジウムで話される場合が多いので,そのあたりは学会ごとに工夫する余地があるのではないでしょうか.あと,地方支部会をもっている学会,例えば動物学会では支部会の発表は全員口頭発表です.支部会はそういう役割を果たすこともできるのかなと思います.
水島 学会が教育面を担うのは当然だと思うんですけど,逆に,スーパースターがその学会で話すことがある程度「名誉」と思える場でないといけない側面もあると思います.日本のスーパースターに日本の学会で話すのが面倒だって思われてはいけないと思います.日本では会場の問題で大きな部屋で同時並走ができないんですね.米国のASCBだと,午前中に大きなシンポジウムが2つとか3つだけで,数千人の前でスーパースターが話せるわけですが,日本では小さな会場にわかれてしまってビッグイベントになりにくいということがあると思います.
ソーシャルメディアは学会の形を変えるのか
最近いろんなSNSなどのソーシャルメディアが研究者にも多く利用されていますが,学会の存在や年会のあり方に何か変化をもたらしていますか.
岩崎 学会に対してというより,科学をやることに関して,特に若手には影響していると思います.私自身もfacebookのメッセージを介して学問的なやりとりをしているし,SNS経由で全く知らないところから問い合わせが来ることも多々あります.学会は人が集まる良さがありますが,例えばSkypeを使って遠隔でつながることもできるわけです.デジタルメディアとソーシャルメディアの連携によって科学者の研究スタイルとかコミュニケーションスタイルが少しずつ変わってきているのは確かだと思います.
吉森 それは学会に行かなくなる理由になりますか?
岩崎 必ずしもそうではないと思います.ですが,学会で会わなきゃいけなかったことが遠隔でもよくなったということが結構あるんじゃないですか.例えば,サテライトミーティングで前日に集まっていたのが,それはもうSkypeで良いよね,みたいなことは実際に起こっていると思います.学会でも,例えば中継しながらコメントを入れていくニコニコ動画のようなものは,情報系の学会では実際に使われています.大御所が喋っているときに「さっぱりわからない」みたいなコメントが流れていてなかなかおもしろいですよ(笑).
吉森 私もニコニコ動画に出たことがありますが,あれは新鮮な体験でした.こういう形の拡張バーチャル学会みたいなものはこれから出てくるかもしれません.両方あったらおもしろいと思いますが,それが既存の学会の脅威になるとは感じていません.
杉本 私もツールが増えたという意味ではポジティブだと思います.ただ,人によってどのツールを使っているかのバリエーションが広いので,やはり最終的にはface to faceで話すことが大事だと思います.だからその前段階としてどういう準備をするか,という方法の幅が広がったということだと思います.
吉森 確かに実際に顔を合わせて人のネットワークをつくるのはSNSとは別の意義があると思います.例えば,海外の学会に行くのは時間や労力の面でたいへんですよ.それでも行ったほうがメリットがあると思うんです.論文を出すだけで一度も学会に顔を出さないのでは,ノーベル賞も逃すんじゃないでしょうか.コミュニティーで存在感を示すのはとても重要です.
2013年の分子生物学会の年会は,ガチ議論やアート展示など,サイエンスに加えてエンターテイメント性があったのも記憶に新しいところです.学会にとってどのような意味がありましたか.
杉本 エンターテイメント性を追求しつつも,サイエンスはしっかりとやる.分子生物学会は伝統的に年会長に一任することになっていて,当時会長をされた近藤滋先生はものすごく緻密に考えられていました.あれは1つのユニークな試みだったと思います.ジャズセッションをやって,そこでできたネットワークは今でも続いていて,毎年ジャズやっていらっしゃると聞いています.もちろん賛否はありましたけど,新しい可能性を見出すことにはつながったと思います.
吉森 僕はその年会に行っていないので話を聞いただけですけど,非常に成功したと思います.問題は,続けられない,ということです.近藤先生でさえ何回もできない.ものすごく労力を使います.
講演は日本語? 半分英語? 全部英語?
国際的に活躍する若手人材を育てようということで,英語でのシンポジウムが増えています.
吉森 もちろん時代の流れとしては当然英語化でしょう.日本発生生物学会はもう大分前から完全英語化していて,それで成功していると聞いています.でも私はあえて,完全英語化じゃない方がわれわれの細胞生物学会ではいいんじゃないか,と思っています.完全英語化をめざした時期もあったんですけど,若い人が躊躇してしまうという問題は付きまといますよね.英語のセッションもあるけど,日本語のセッションもあるという形に落ち着くのではないでしょうか.ポスターの場合は英語でつくっておいて,日本語でディスカッションしてもいいとか.
水島 私は逆に完全英語と完全日本語の2つの場を別々に持つ方がいいと思っています.
吉森 全く別の学会をつくるということですか.年2回年会をやるということですか.
水島 いま学会がたくさんあるのであれば,むしろそれを整理して,完全英語または完全日本語で年会を行う学会に分かれた方がメリットがあると思うんです.日本だけの事情を考えれば現状でもいいのですが,いまアジア諸国が伸びて来ていることを考えると,それではおそらく駄目です.そうすると,日本に1つは完全英語の生命科学系の総合学会があるべきです.いま,ほとんどの学会が中途半端になっているので,どこかで舵を切らないといけないと思います.
杉本 分子生物学会ではワーキンググループをつくって国際化についてどうするのがベストか検討中ではありますが,なかなか難しいところです.当面,部分的に英語にするとか,一日英語の日をつくるとか,おそらくそのあたりから検討していくことになると思います.
各研究室では英語で発表や討論をするような練習はされていますか.
吉森 私の研究室では英語でプログレスレポートをやるんですけども,やはり弊害もあるんですよね.用意した原稿を読むくらいはできるけど,ディスカッションになったとたんにできなくなると,何をやっているのかわからなくなってしまいます.
杉本 私のところも同じですが,研究室ではできるところまで英語,できなくなったら日本語に切り替えるというのを続けています.せめて慣れるチャンスは増やしていかないといけないので,学会発表を英語でするまでもっていくには,やはり普段からやらなければいけないと思っています.でも結構若い人たちは慣れるんですよね.
水島 いまの人たちは随分しゃべりますよね.
杉本 最初,絶対できませんって言っていた子たちが,数カ月経つとちゃんとできたりするので,まずはやってみるのがいいと思います.
「細胞を創る」研究会では英語化についてどのように対応していますか.
岩崎 国際シンポジウムと抱き合わせにするというのは時々やりますね.例えばERATOなど大型予算を会員がもっていれば,それと抱き合わせにすることで学会の費用もそっちから出しやすいという事情があって,そういう人が大会長になるとそのときは英語になることはあります.
小さい学会は狭い分野というイメージがあるかもしれないですけど,逆に新しい学会をつくると最初から学際なので,むしろ非常に幅広かったりします.例えば「細胞を創る」研究会のシンポジウムの4分の1は文系なんです.そうすると,例えば哲学に関する発表と質疑応答を英語でできるかというと,そんな人は(理系の研究者には)ほとんどいません.他に私が所属している日本時間生物学会でも,とてもマイナーな生物を扱っていたり,生態学から神経科学,教育学までいろんな研究者がいますから,英語でやるのはなかなか難しいんです.でも3回に1度は国際会議と連携して英語化するなど努力はしています.
吉森 発生生物学会に行ったときに同じことを言っている人がいました.語彙が違うので,專門分野しか理解できなくなってしまう.だから教育的な講演は日本語でやってほしい,と.
水島 日本でこれだけサイエンスが進んだのは母国語で全部できるというメリットがあったので,それを残すというのは一理あるかと思いますが,あとは国際社会のなかでどうするかということでしょうか.
社会のなかの学会の役割について考える
主に年会について議論してきましたが,学会組織や研究会の社会における役割とは何でしょうか.例えば,研究不正の問題が社会的にクローズアップされた時に,研究界が一般社会と無縁でないことに改めて気づかされたように思います.
吉森 まず巨大学会には,明らかな社会的責任があると思います.社会,経済界,あるいは政府に対して,非常に大きな意味が学会にはあります.一方,政府や行政はもっと学会を認めるべきだと思うんですが,中途半端になってしまっています.
杉本 そこは生科連(生物科学学会連合)の役割をもう少し強化するべきかもしれませんね.やはり同じ生命系でも分野ごとにそのコミュニティーの状況が少し異なるところもあるので,生命系として行政や政府に何かを伝えるには,生科連のように学会単位を纏める組織がしっかりした方がいいと思います.今,中野明彦先生が随分努力されているところだと思います.
水島 生科連も学会も,社会的なニーズをさらに果たすには運営体制をもっと強化する必要があると思います.生科連はお金も事務員も足りないし,生化学会事務局は常勤3人で頑張っています.
吉森 社会の人はきっとそう思っていないでしょうね.
杉本 分子生物学会は,かなり大きくなってからは,論文不正防止の啓蒙活動をしたり,男女共同参画の活動も他の学会と比べても早い時期に委員会を立ち上げたり,社会的な活動は少しずつですが行なってきています.キャリアパス委員会では年会のときにフォーラムを企画して,文科省の方をおよびして意見を伝えるようなこともしています.
吉森 そういう意味ではより学会の意義は増していると思うんですよね.論文不正の問題のときのわれわれにとっての衝撃は,世間の人にこんなにも科学のことを理解をしてもらえていないのか,ということです.もっとダイレクトに学会が発信することが必要です.
科学を社会に理解してもらうためにほかにどのようなことができますか.最近ではサイエンスカフェなどもたくさん行われています.
吉森 サイエンスカフェは多くてもしょうがないと思うんですよ.来てくれるのはお年寄りばかりです.むしろ,小中高の理科の教育をもっとこうしてくれと学会側が積極的に発信してもいいんじゃないでしょうか.ただ,学会側とは言っても,結局研究者の集まりなので,研究者が時間を割かなきゃいけなくなると,それはそれで辛いものがあります.
水島 日本にはすごくいい科学番組があるし雑誌もあります.科学に触れるチャンスはあるんですけども,うまく出会っていないという現状があります.そのようななかで,われわれがサイエンスカフェに話しに行っても,全体的な効果を考えると限界はあります.
吉森 私は,アウトリーチはできるだけ積極的にやっていますが,せいぜい聴衆は4,50人.ただ,さきほど話したニコニコ動画に出たときに私がびっくりしたのは,聴衆はやはり4,50人ですが,動画を観た人は1万人ですよ.バーっと書き込みが来て,結構反響がありました.ああいうのは活用すべきなんでしょうね.
杉本 この前,発生生物学会が国立科学博物館と協力して企画展を開催されていたんですね.発生生物学会50周年の企画だったんですけど,それを見に行きました.そこに老若男女いろいろ来られていて,とても興味深そうに見ていました.こういう試みはやった方がいいと強く思いました.ただ,あれは準備に相当な時間がかかったと思います.
吉森 そう,それが問題です.誰がどうやってやるか.
杉本 しばらく前からサイエンスコミュニケーターが必要というのがありますけど,実際にどれだけ活躍できているか.まだその場が少ない感じです.
実際に“Work”するのが本当のワークショップ
岩崎 2000年ぐらいにサイエンスコミュニケーションブームがあって,人材も一時的に登用されてそれなりにプレゼンスは果たしているし,いまの大学の広報などに人材を送っているんですよね.プレスリリースは以前よりは出しやすくなったとか,そういうところに寄与していると思います.ただ,アウトリーチが新しい価値を生み出しているか,については疑問もあります.参加者がもう少し主体的に参加できるようなしかけがあるといいと思います.そもそもサイエンスカフェ自体がそういう発想だったわけですよね.喫茶店で完全にオーラルで伝える,オリジナルではパワーポイントすら使わない.だから日本に本当のサイエンスカフェがどれだけあるのかは相当疑問です.ニコニコ動画はコメントを書けるので,主体的に参加しているような気分になれるところが結局魅力なんですよね.
吉森 そうですね.実際そこがかなり違うな,と思いました.
岩崎 そう考えると,例えば,学会に「ワークショップ」ってあるじゃないですか.私はアートの業界にもいるんですが,アートのワークショップでは本当に何かを“Work”するんですよね.何か実際に物をつくる,みたいなのがワークショップなんです.
吉森 セミナーやシンポジウムと何が違うのって思いますよね.
岩崎 そうですね.だから,本当のワークショップをやればいいと思うんですよ.「細胞を創る」研究会には,人工細胞みたいなやつをつくりましょう,というワークショップを実際にやっているメンバーが何人かいます.それを子ども用にやるのではなくて,それこそ大学院生とかシニアの人に向けてやる.「新しい人工細胞があるから,君たちのところでもいろんな成分を突っ込んでみてみない?」ってやると,そこで結構新しい論文のネタも出てきます.細胞生物学会でもやってみてはどうでしょうか.プレゼンを聞いていて,なるほどおもしろいな,というのに加えて実演があるとよいと思います.
吉森 大阪大学は,アートエリアB1という駅にあるスペースを使った,それこそワークショップ的な企画展の実施に参加しています.つい最近の企画では私が細胞とかオートファジーの話をして,インスピレーションを得たメディアアーティストがバーチャルリアリティーをつくったり,建築家が遊具をつくったりしました.いろんな人がやって来てくれておもしろかった.ただそれで科学がわかってもらえるかどうかはわかりませんが.
岩崎 DIYバイオという文化があります.もともと米国やヨーロッパではじまった文化だと思うんですけど,大学ではないところに自分たちでゲリラ的に集まれるところを使って,学会に所属していないひとでも自由に参加できるコミュニティーみたいなそういう動きがあるんですよね.去年,渋谷と山口にそんな実験スペースが日本ではじめてできました.一応「P1」まではできる.もちろんプリミティブなことしかしてないんですけど,パブリックスペースで毎週ワークショップがあって,そこに例えば吉森先生のような研究者が来て,今日はオートファジーの実験をやってみましょう,みたいにやるわけです.実験をする方が伝わるし,参加者としてもインスピレーションを受けやすいんです.それから,ハッカソンというムーブメントがあります.これもワークショップなんですけど,例えばゲノム編集みたいな技術があって,そこに電気回路や工作が得意な人が集まって「何かプロジェクトをつくりましょう」,とその場に集まった人がわーっとやりだすというイベントです.参加者にとっては普段はかかわれないDNAに触れることができて,そこにいる専門家と生でコミュニケーションできるわけです.分子生物学会みたいな大きな学会と,ただ聞くだけでなくて自分たちも参加できる場が,もう少しグラディエントができるくらい層が増えてくるとよいなと思っています.
吉森 なかなか難しそうですけど,完全なプロフェッショナルと完全な市民の間を埋めるものになりますね.
若いあなたの意見で学会を変えるには
若い人はどういう形で学会にかかわればよいのでしょうか.ボトムアップな形でできることはありますか.
吉森 細胞生物学会の場合は若手の会があって,そこでの活動は完全に若手に任せています.彼らが自分たちでシンポジウムもやります.それ以外に,先ほど言ったように将来計画委員会に若者にも来てもらって,意見を集めています.小回りが聞く学会なので,意見を取り入れることは比較的できます.それから細胞生物学会はシニアと距離が近くて話しかけやすいのがメリットなので,ボトムアップという意味ではすぐに形にはならないけども,個々の意見が伝わって最終的にはボトムアップになることは期待できると思います.それはなかなか目には見えてきませんが,わりと大きいかもしれないと思っています.
水島 生化学会では支部会があります.支部活動はかなり若手中心になっていて,支部長が必ず理事になるしくみになっているので,支部から出た意見は中央の理事会に意見が反映されることになっています.定例会もあって,そこでは若手が中心に発表する,という2段構成になっています.震災に関する情報が本部まですぐ伝わるなども支部会をもつ利点です.
杉本 分子生物学会は年会がほとんど唯一の活動です.その分,年会で自由な企画ができる「フォーラム」という時間をとっています.若手の方がいろんな試みをできるチャンスなので,ぜひ活用していただきたいと思っています.近藤滋学会はインパクトが大きかったので,分子生物学会ではあそこまで許されるんだったらこれもきっといいよね,と思ってもらえるといいなと思っています.
岩崎 「細胞を創る」研究会はそもそも若い人がほとんどで,大会長イコール理事長的な位置づけになっています.若い人だらけなので,できるだけ意見は若い人から,というのは特にないですね.1つ言えるのは,理事をどんどん若手にしていくことです.ある程度大きくなってきたら,長くやっている人は再選しないようなシステムにすべきだと思います.
杉本 それはいいですね.分子生物学会でも検討したいと思います.
最後に読者へのメッセージをいただけますか.
水島 自分でできることは限りがあるので,自分の領域に閉じこもることなくぜひ学会に来て欲しい,と思います.短期的なメリットを期待するのではなくて,もっと長い目で考えて欲しいんです.いろんな規模の学会がありますので,専門性が高い小さな学会と大きな学会のどちらにも来てほしい,ということをお伝えしたいと思います.
吉森 若い人に言いたいのはとにかく積極的に参加してinvolveしてほしいということです.細胞生物学会ぐらいだと実際に若い人が学会を変えることもできます.われわれは若手のための学会だと思っています.学会に来て人のネットワークを作って,サイエンスに取り組んで欲しいと思っています.
杉本 分子生物学会は学際的で自由な雰囲気のコミュニティーというのを売りにしたいと思っていますので,そういうものをこれからもぜひ企画していきたいと思います.若い方だけでなくシニアな方も含めて,これとこれを組合わせると新しいことが生まれるかも,というような知的刺激のある場にできればいいな,と思いますので,ぜひいろんな方に参加してほしいと思っています.
岩崎 学会にはいろんなカラーがあるので,全然違う学会を体験してほしいと思います.例えば,日本哲学会や美学会に出た経験がありますが,全くスタイルが違います.当然ながらPowerPointを使わない発表も多い.文字ぎっしりの原稿がバンと全員に配られたりもします.生物学はパワポ文化なので,聞いていてわかるようにという訓練をしますが,哲学だとそういうことは全く眼中になくて,聞いて理解できない方が悪いでしょ,になるわけです.ある1つのことをやっていても,いろんなアウトプットのしかたがあります.できるだけ遠い学会に出て行くと発見があるので,そういう体験をしてみてはいかがでしょうか.
「細胞を創る」研究会は,「細胞を創ろう」ではなくて,「細胞を創ることを巡って」なんです.参加者の多くは細胞を創りたい人ですが,細胞を創ることの社会的あるいは文化的意味を考えることが大事,という位置づけがユニークなところだと思っています.その辺をぜひ味わっていただきたいと思います.
さまざまな視点からの議論を本当にありがとうございました.
(編集部 蜂須賀修司)
- 水島 昇(東京大学大学院医学系研究科分子生物学分野)
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1991年,東京医科歯科大学医学部卒業.1996年同大学院博士課程修了(医学博士).基礎生物学研究所(大隅良典研)ポスドク・助手を経て,2004年東京都臨床医学総合研究所室長,2006年東京医科歯科大学医学部教授,2012年より東京大学医学部教授.哺乳類のオートファジーの分子機構と生理的意義を研究.日本生化学会会長,日本分子生物学会理事,日本細胞生物学会理事.
- 杉本亜砂子(東北大学大学院生命科学研究科)
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東京大学理学部生物化学科卒業,同大学院理学系研究科生物化学専攻修士・博士課程修了.ウィスコンシン大学マジソン校博士研究員,東京大学大学院理学系研究科助手,理研CDBチームリーダーを経て,2010年より現所属教授.日本分子生物学会理事長,日本細胞生物学会理事.線虫をモデル系として個体発生における細胞動態制御メカニズムを研究.生命現象を美しいと感じる気持ちを忘れずに研究を続けていきたい.
- 吉森 保(大阪大学生命機能研究科・医学系研究科)
-
1981年大阪大学理学部卒業.同大学院医学研究科修士・博士課程,関西医科大学助手,ドイツEMBL留学の後,1996年基礎生物学研究所助教授(大隅良典教授研究室).2002年国立遺伝学研究所教授,2006年大阪大学微生物病研究所教授,2010年から現所属.大阪大学栄誉教授.日本細胞生物学,日本生化学会会員.細胞のなかの宇宙を探訪し,発見の喜びを一般の人にも伝えたい.
- 岩崎秀雄(早稲田大学理工学術院先進理工学研究科)
-
名古屋大学大学院博士課程修了.博士(理学).シアノバクテリアのパターン形成,時間生物学研究と並行して生命と芸術の境界領域の制作研究プラットフォームmetaPhorestを主宰,美術作家としても活動.「細胞を創る」研究会創設メンバー,2016年度会長.所属学会:時間生物学会,分子生物学会など.同時に脱アカデミア型のバイオ研究の可能性を模索.自宅でも安価なラボを構えて研究するほか,バイオラボを併設するパブリックスペースBioClub(渋谷FabCafe内)の監修なども.