監修/佐藤隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科)
本コンテンツでは,食品学分野における基礎医学にも通じる第一線の研究成果をご紹介いただきます.予防医学を実現する食品の秘められた力にご注目ください.(編集部)
本コンテンツは,実験医学同名連載(2016年8月号〜2017年7月号予定)からの転載となります.文中の施設,所属名は誌面掲載時のものとなります.
連載にあたって
日本は世界屈指の長寿国である.それを支えているのは栄養バランスのとれた日本型食生活であることは周知の事実である.それを裏付けるように,特に昨今になって,「予防医学」の概念のもと,食品・栄養と健康の科学的な根拠に基づいた関係性が見直されつつある.機能性表示食品制度の開始(2015),「和食」の無形文化遺産登録(2016)など,食と健康を巡る社会的トピックも枚挙に暇がない.基礎医学研究においても食品研究への展開・融合は,新たなイノベーションを与える出口として,社会的にもかつてなく望まれているものと考えられる.
本連載では,食品をそのテーマとしつつも,基礎医学の面からも興味深いと考えられる研究成果やトピックをご紹介いただく.読者の研究の展開のヒントとなり,ひいてはイノベーションの開花へとつながれば,望外の喜びである.
第1回
食べることが動くことに─食品が代替できる運動機能の可能性
著/佐藤隆一郎 [2016年8月号掲載](2017/4/25公開)
はじめに
これまで長寿の指標とされた「平均寿命」に替わり,現在では介護を必要としない年数である「健康寿命」に関心がシフトしている.すでに世界屈指の長寿国となっている日本において,健康寿命を延伸し,平均寿命との差(約10年)を縮めていくことが今後は重要と考えられている.つまり健康である期間に,良好な食生活,適度な運動習慣を継続させ,健康寿命を延伸させなければならない.それでも加齢により運動習慣の継続が困難になるときに,運動機能の一部を食品の力で代替できないかというアイデアに基づき,われわれは「運動機能性食品」なる概念を提唱し,活用していくための科学的エビデンスを集積すべく,基礎—応用研究を進めている.
私は,現在までにコレステロール代謝制御の分子細胞生物学研究に従事してきた.20年前には転写因子SREBP(sterol regulatory element-binding protein)の発見研究に参加し,その後はコレステロールの代謝産物である酸化コレステロール,胆汁酸の機能解析についても興味を拡げてきた.その過程で,これまでコレステロールの異化産物であり,最終的には糞中へ排泄されることから,ほとんど日の目を見ることがなかった「胆汁酸」に注目した.特に核内受容体FXRのリガンドとして種々の遺伝子発現制御に関与する生理活性物質として認知されるようになったのは,胆汁酸の名誉回復の好機となった.さらに,7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体である胆汁酸受容体の機能が明らかにされ,われわれは基礎研究と同時に食品機能に関する応用研究をここ数年展開してきた.
胆汁酸受容体TGR5
TGR5はユビキタスに発現の認められる受容体で種々の胆汁酸をリガンドとして認識し,細胞内cAMPを上昇させる.小腸下部,大腸においては胆汁酸によりTGR5が活性化されるとインクレチンGLP-1分泌が亢進する.摂食に伴い胆嚢が縮み,胆汁酸が小腸に分泌されると,GLP-1分泌が上昇し,血糖値の上昇に先がけて膵臓でのインスリン分泌を促すシグナルを伝達していると考えると,摂食応答因子である胆汁酸とTGR5機能の連携は理にかなっている.胆汁酸は小腸上部に分泌された後にその90%以上が小腸下部において特異的な輸送体により吸収され,肝臓へと戻る,いわゆる腸肝循環をくり返す.この際に,胆汁酸は全身血流(10 μM程度)にも流れ出し,マウスでは特に褐色脂肪組織,ヒトでは骨格筋においてTGR5を介してDIO2(typeⅡ iodothyronine deiodinase),PGC-1α遺伝子発現を上昇させ,熱産生亢進を介して抗肥満効果を発揮することが明らかにされている(図1)1).
このような事実に基づき,食品に含まれる成分を集め,TGR5リガンド活性を介して胆汁酸機能を模倣する化合物を探索した.ヒトTGR5をクローニングし,これをHEK293細胞に一過的に発現させ,細胞内cAMP上昇を検出するアッセイ系を樹立した.市販精製試薬(食品化合物)ならびに香料成分化合物(多くは食用可能な植物由来成分:長谷川香料㈱より恵与)およそ500種類程度について評価を行った.その結果,柑橘類に含まれるリモノイドの1種である「ノミリン」に比較的強い活性を見出した2).リモノイドは柑橘類に特有な構造化合物であり,柑橘植物内ではノミリンからオバキュノン,そしてリモニンへと代謝される.ノミリン,オバキュノンには強いTGR5アゴニスト活性が認められるものの,リモニンのそれは著しく低い.高脂肪食で肥満させたC57BL/6マウスに0.2%のノミリンを添加した高脂肪食を投与すると,対照群に対して有意な体重増加の抑制,血糖値の顕著な低下,耐糖能異常の改善が認められる.同様に過食により肥満を呈するKKAyマウスに0.1%のオバキュノン添加通常食を投与すると,脂肪組織の重量低下,血糖値の減少,HbA1c値の低下が認められる.さらにこのとき,後肢骨格筋の重量増加が観察される3).
骨格筋機能の改善
われわれは骨格筋におけるTGR5の機能に興味をもち,ヒトTGR5を骨格筋に過剰発現させた遺伝子改変マウスを開発した.オバキュノン投与実験結果と同じく,後肢骨格筋の重量増加が観察された(論文投稿中).骨格筋には複数のGタンパク質共役受容体が発現しており,例えばβ2アドレナリン受容体のアゴニスト処理により細胞内cAMPが上昇し,筋量増加することが認められている4).これらの知見とマウス表現型は一致する結果と言える.同時にこのマウスを用いて経口糖負荷試験を行うと,血糖値のすみやかなクリアランスが認められ,耐糖能異常の改善が認められる.さらに興味深いことに,骨格筋でのTGR5発現はトレッドミル走行運動により上昇する.
これらのことから,TGR5の発現を運動(もしくは食品成分)などで上昇させ,胆汁酸機能を模倣する食品成分摂取により,筋量の増強もしくは維持の可能性が示されたと考えている(図2).一方,運動の効果の1つである持久力増強も大事である.これまでに,運動により活性化されるAMPキナーゼを薬物で活性化すると発揮される代謝改善効果の分子機構をわれわれは明らかにしたが5),他の論文では持久力増強効果が確かめられている6).茶カテキン,ぶどう果皮レスベラトロールなどの広範なポリフェノール類にはAMPキナーゼ活性化能が報告されており,実際,AMPキナーゼ活性化能をもつグレープフルーツ成分ヌートカトンを含む餌をマウスに与えると持久力が増強されることが確認されている.
おわりに
今回は,食品成分のなかから運動機能の一部を模倣する成分を探し出し,これを活用して筋量増加,持久力増強を導く可能性をご紹介した.疾病を発症する前段階を「未病」とよぶが,この状態をいかに維持,改善するかが健康寿命の延伸に他ならない.医薬の力で疾病の治癒を試みる前段階として,食生活,運動習慣の健全化が重要なことは言うまでもない.特定保健用食品など機能性食品市場は2兆円近くと推定され,運動機能を模倣する食の機能を通じてさらなるイノベーションを追求することは,新たな市場の創出・産業振興の観点からも意味のある試みである.現政府は農林水産物にも機能性を付与し,輸出を視野に入れた「攻め」の農業振興を図ろうともしている.同時に,食品の力により健康寿命延伸が達成されると,仮に介護期間が1年減少することで2,000億円程度の介護費用削減による経済効果を生むとも試算されている(㈶ バイオインダストリー協会試算).これらを総合的に勘案すると,これまで過小評価されがちであった食品の機能について,さらなる有効活用をめざす試みが超高齢社会を迎える日本にとって重要であることが明白になってくる.
文献
- Watanabe M, et al:Nature, 439:484-489, 2006
- Ono E, et al:Biochem Biophys Res Commun, 410:677-681, 2011
- Horiba T, et al:Biochem Biophys Res Commun, 463:846-852, 2015
- Berdeaux R & Stewart R:Am J Physiol Endocrinol Metab, 303:E1-17, 2012
- Sasaki T, et al:Am J Physiol Endocrinol Metab, 306:E1085-E1092, 2014
- Narkar VA, et al:Cell, 134:405-415, 2008
コラム:コリオグラファー(振付師)
博士学位取得後,薬学,医学領域でコレステロール代謝研究に従事し,食品と縁はなかった.大学院時代は乳タンパク質カゼインの消化産物であるホスホペプチドがミネラル吸収を促進するという栄養研究をしていた.まだ機能性食品の概念が提示される前の時代.その後カゼインホスホペプチドは,健康飲料成分として製品化された.この商品のCMは女優が奇抜なダンスをすることで話題となった.食い入るようにこのCMを見ていた幼い甥達に,義姉が「おじさんがつくったのよ」と告げてから,彼らの態度が一変し,しばらく尊敬の熱い眼差しを向けられた.私がそのダンスの振付をしていると思ったらしい.小学生の彼らには研究者の存在など知る由もなく,ダンスが魅力的に映ったのはもっともである.
それから随分と時を経た今,こちらはピペットマンを握ることもなくなった引退ダンサー.研究室員に研究指導するのはさしずめダンスの振付.今や成人した甥達のかつての期待に応えるべく,毎日,魅力的なコリオグラフを心がけている.
著者プロフィール
佐藤隆一郎:東京大学農学部卒業,東京大学大学院農学系研究科博士課程修了,帝京大学薬学部助手,テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター博士研究員(ノーベル生理学・医学賞受賞者 Goldstein and Brown博士研究室),帝京大学薬学部講師,大阪大学大学院薬学研究科助教授,東京大学大学院農学生命科学研究科助教授,同教授(’04年).社会連携講座「栄養・生命科学」特任教授兼任(’16年).