【鼎談】岡野栄之,岩坪 威,佐谷秀行
(実験医学増刊号 分子標的薬開発への新たなる挑戦 概論より)
近年の分子生物学の発展により,がんやアルツハイマー病などの多くの疾患のシグナル伝達機構が明らかになっている.そんななか,特定のシグナル分子をターゲットとする薬剤である「分子標的薬」の開発が加速度を増し,医療現場においてもその重要性が高まってきている.「分子標的薬」の有用性とはどこにあるのか.そしていま,どのような新たな「分子標的薬」の開発が進んでいるのか.本稿では,本書編集の岡野栄之先生と岩坪 威先生,佐谷秀行先生に出席いただき,注目の新規ターゲットとテクノロジー,そして新薬創製を取り巻く現状を討議いただいた.(編集部)
慶應義塾大学 医学部生理学教室教授 岡野栄之(Hideyuki Okano) |
東京大学大学院 医学系研究科 神経病理学分野教授 岩坪 威(Takeshi Iwatsubo) |
慶應義塾大学 医学部先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門教授 佐谷秀行(Hideyuki Saya) |
編集部 本日はお集まりいただきありがとうございます.はじめに,なぜ今“分子標的薬”が注目されているのかお教えください.
岡野 分子生物学的な研究の発展によって,さまざまな生命現象の役者たち(=シグナル分子)が明らかになり,それら分子を特異的に阻害する創薬設計が技術的にも可能となってきました.これまでの“現象”を抑える薬から,特異的に“分子”を抑える薬に展開していったのです.これは,思わぬ副作用を回避するという点からも必然的であったと思います.
佐谷 本質的に薬剤開発においては副作用・有害事象の少ない薬をつくりたいというのが最も重要なポイントです.たとえ病気に対して効果があっても,重大な副作用が出た場合は上市できなくなってしまいますからね.これまでの抗がん剤の開発は,がん細胞を殺して正常細胞はできるだけ殺さないという原始的なスクリーニングによって行ってきましたが,結果として必ずしも副作用の少ない薬の開発に至らなかったため,分子標的薬が必要になってきたのです.
正常細胞とがん細胞のシグナル伝達の違いを標的にすることで,副作用の少ない薬剤を開発できるという考え方が,分子標的薬開発の根底にあると思います.
岩坪 分子標的薬は特にがんの領域からはじまったものだと思いますが,さまざまな疾患の病態の解明とともに,アルツハイマー病(AD)などのスパンが長く治療効果が見出しにくい疾患に対しても,標的分子を定めてアタックしようという治療法が試みられるようになってきています.本書の第1部をご覧いただいてわかる通り,分子標的薬という概念があらゆる疾患領域に広がってきていると実感しています.
図1 分子標的薬がターゲットとする疾患とその有力な治療薬剤(本誌第1部より)
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