最近,Trends in Biotechnology誌に興味深いやりとりがあった.一つは名古屋議定書(Nagoya protocol,NP)の対象にDNAやアミノ酸などの配列データ(digital sequence information,DSI)を含めるべきであるという主張であり(Ambler J, et al:Trends Biotechnol, 39:116-125, 2021),もう一つはその主張は重要だがもう少し丁寧な議論が必要だという指摘(Karger EJ & Scholz AH:Trends Biotechnol, 39:110-112, 2021)である.生物サンプルそのものではなく,そこから得られた遺伝情報のデジタルデータに関する権利が議論されているのだが,これはNPが発効されて以来,ずっと解決していない問題なのである(Watanabe ME:Bioscience, 69:480, 2019).背景には,データ共有を重視する考え方と,遺伝資源の権利を重視する考え方の間の,潜在的な矛盾がある.学術コミュニティでは,GenBankやDDBJなどの塩基配列データベースに代表されるように,国や組織を超えたデータの共有が国際的に進められてきた.一方で,発展途上国や先住民コミュニティでは,資源の簒奪や利益の不平等な分配の歴史から,遺伝資源に対する権利を重視する考えが醸成されてきた.この双方の両立が,じつは困難なのだ.
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