ポリアクリルアミドゲルの作製を急いでいるときは,重合開始剤であるAPS(過硫酸アンモニウム)とTEMED(N,N,N´,N´-テトラメチルエチレンジアミン)を多めに加えたくなる.しかしこれは正しい操作なのだろうか.今回はゲル作製時のTEMEDの添加量が電気泳動にどのように影響するかを検証した.
TEMEDの添加量を議論する前に,ポリアクリルアミドゲルが形成されるラジカル連鎖重合反応について解説する.一般的にラジカル連鎖重合は,①重合の開始,②重合の伸長,③重合の停止,の3段階からなる(Principle).アクリルアミドの重合の開始には,過硫酸アンモニウム(APS)とN,N,N´,N´- テトラメチルエチレンジアミン( TEMED)が用いられる.解説書などではAPSを重合開始剤,TEMEDを重合促進剤,触媒,重合開始剤,ラジカル安定化剤などと記載しており,これらの試薬の役割についての説明はさまざまである. 正しくはAPS, TEMEDともに重合開始剤,あるいは,APSをラジカル発生剤とするのが妥当であろう.
反応は,まずAPS中の不安定な-O-O- 部分が水溶液中で開裂してフリーラジカルが生じることからはじまる.このラジカル種がTEMEDの水素を引き抜き,TEMED中に炭素ラジカルが生成する.これが開始剤としてアクリルアミドと反応することにより重合が開始される.
開始剤が結合するのはアクリルアミド中の二重結合性の2つの炭素原子(CH2= CH -)のどちらかであるが,末端側のビニル炭素(CH2 =)が開始剤と結合する.これは,末端側のビニル炭素の方が立体的に混み合っていないので開始剤が攻撃しやすいことと,重合後のラジカルがCONH2 と直結している炭素上( =CH -)の方が,COの二重結合との共鳴などにより安定化されるためである.
こうして伸長反応がはじまるが,アクリルアミドとともにN,N´- メチレンビスアクリルアミド(BIS)を加えることによりポリマーを分岐させ,網目構造のゲルをつくらせることができる.このBIS によるポリアクリルアミドゲルの網目構造に関しては,前回解説したとおりである(バイオテクノロジージャーナル2007年11-12月号参照).伸長反応が進むと最終的には伸長したポリマー同士のラジカルがぶつかり,そこで結合が生じてラジカルが消失し反応が停止する.
反応機構からわかるように,TEMEDの添加量を必要量以上に増やしてしまうと,伸長反応中のラジカル種とTEMEDがぶつかりやすくなり,重合反応が停止してしまい,ポリアクリルアミドの鎖長が短くなってしまう.
それでは実際にTEMEDの添加量を増やしてゲルを作製し,その泳動パターンをみてみることにしよう.
異なる量のTEMEDを添加したそれぞれのゲルは,以下の操作で作製した. 冷蔵庫内でよく冷やした40mL の10 %ポリアクリルアミド溶液(% C=5,アクリルアミド: Bis = 19 :1)に,200μL の10 % APS溶液を加えて, 泡が入らないように注意してよく混ぜ,これにTEMED〔40μL(0.1 v/v %),80μL(0.2v/v %),または400μL(1 v/v %)〕を加えて混ぜた後,あらかじめ用意しておいた泳動用ガラス板に流し込み,1.5 時間放置してゲルを作製した(Protocol).400μL のTEMEDを加えたゲルは,アクリルアミド溶液を充分に冷やし,すばやくガラス板に流し込まないと,すぐに固まってしまう.ちなみに,TEMEDを加えずにAPSだけでゲルを作製しようとすると,一晩溶液を放置しても部分的に固まった状態にしかならない.
泳動するサンプルは, 5 ′末端を32P で標識した119塩基のRNA断片を,アルカリ(配列中のすべてのヌクレオチドの3′末端側でRNA断片を切断)とRNaseT1(配列中のG の3′末端側でRNA断片を切断)のそれぞれで処理して限定分解したものを用いた.これらのRNA溶液を等量の10 M 尿素と0.025 %のキシレンシアノール(XC)とブロムフェノールブルー(BPB)を含む1× TBE 溶液と混合し,これを75 ℃で1分間加温した後にゲルにロードした.循環水層を装着した電気泳動装置を用いて45 ℃に保ち,35 ワットで1.5 時間泳動し,IP プレートを用いてBAS2500(富士フイルム社製)で解析した(Result).一定の電力(35W)で電気泳動を行ったが,1.5 時間後のそれぞれの電気泳動での電圧と電流は,0.1 v/v % TEMEDで作製したゲルが1515 V,23 mA,0.2 v/v % TEMEDの場合が1405 V,25 mA,1 v/v % TEMEDの場合が1119 V,31 mA であった.
Resultに示すように,TEMEDの量を増やして作製したゲルほど, RNA断片の移動度が遅くなり,また短いRNA断片のバンドが拡散して広がっているのがわかる.TEMEDの量を通常の2倍にしたくらいでも,これらの違いがはっきりと表れている.この原因は,一定電力での電気泳動では,TEMEDの量を増やしたゲルほど,電圧が低くなってしまうためであろう.TEMEDの量を増やすとポリアクリルアミドの鎖長が短くなってしまい,ゲルの網目構造が密に形成されなくなる. それぞれのゲルの抵抗(=電圧/電流)は,0.1 v/v % TEMEDでは65.9 kΩ,0.2 v/v %TEMEDでは56.2 kΩ,1 v/v % TEMEDでは36.1 kΩと低くなることからも,ゲルの網目構造の問題であることが示唆される.
一般的に電気泳動は一定電力で行う方が望ましい.これは発熱量が電力に比例するので,泳動中のゲルの発熱を一定にしやすいためである.一定電圧での電気泳動は,核酸の泳動距離をそろえやすいが,今回のようにTEMEDの量を変えてしまった場合にはゲルの抵抗値が小さくなり,通常の0.1 v/v % TEMEDのゲルと同様に1500 V 程度で電気泳動しようとすると,電流が大きくなってしまい,結果的にゲルの発熱量が増すので危険である. 逆に一定電流で電気泳動を行うと,ゲルの抵抗値が小さいと電圧も低くなってしまうので泳動に時間がかかってしまう.いずれにしても一定電力で電気泳動を行う場合でさえ,TEMEDの量をプロトコルよりも増やしてしまうと,泳動時間が長くなってしまい,よい泳動パターンも得られないことが今回の実験からわかった.
ゲル作製の時間短縮にTEMEDを多くしてしまうと,結局は泳動に時間がかかってしまい,おまけに各RNA断片のバンドも拡散してしまう. 再現性のある結果を出すためには,常にプロトコル通りに実験を行うことが重要であることがおわかりいただけただろう.次回(実験医学2008 年4月号)は電気泳動における変性剤としての尿素の役割について解説したい.