[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第29回 研究テーマ引継ぎ―現場からみた3つの提言

「実験医学2012年11月号掲載」

大学の研究室にはほぼ毎年新入生が配属され,数年の周期で卒業していく.研究室の発展や成果の蓄積において,卒業生の課題を後任者に正確かつ効率的に引継ぐことは,これまでに研究に費やした時間や研究資金を無駄にせず,研究遂行や論文投稿をスムーズに進め,さらにはテーマを発展させるためにもきわめて重要である.

引継ぎにおける最低限の作業として,実験ノート,保管場所まで網羅した詳細な試料リスト,使用した試料の適切な受け渡しなどがあげられる.私たちは引継ぐ側・引継がれる側を経験した過去を踏まえ,さらに以下の3点を徹底することで,引継ぎ時における失敗,例えば再条件検討からのデータ取り直し,同じ失敗,テーマ変更,といった事態を回避できると考えている.

1点目は,実験ノートおよび生データとの対応が整理された「まとめ図」である.大抵の学生の場合,卒業や学会といった節目の際に,発表用資料として見栄えよくデータを整理するだろう.そして,それがパワーポイントのスライドとして提供されることが多い.しかし,そのスライドや図の脚注を見ただけでは,必ずしも生データや実験条件にアクセスできるとは限らないのが現状である.細かい実験条件などを調べるために,膨大な実験ノートを読み返す経験をされた方は,決して少なくないはずである.本人不在のなか,スライドだけが独り歩きして間違った解釈がなされることを防ぐためにも,実際になされた実験を参照できる状態になっていることが望ましい.

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2点目は,研究指導者もしくはそれに準ずるスタッフ立会いのもと,引継ぎを行うことである.確かに,時期的な制約が存在する大学の研究室では,実際に手を動かす人物同士が引継ぎ作業を直接行うことは難しい.しかし,引継ぎの際に研究概要およびコンセプトが正確に伝わりきらなかった場合,後任者はテーマの研究意義や現状に至った経緯などを把握できず,引継ぎ後の研究目標を見失ってしまうことがある.そのため,当事者同士の引継ぎが困難である場合は,研究の全体像を把握した人物が直接立ち会い,前任者の思考回路を含めた研究内容を伝えることが重要である.

3点目として,失敗の共有をあげたい.成功例のみが重要な結果として取り扱われやすい一方で,失敗例は手を動かした本人しか知らないという事例が多く見受けられる.成功体験だけが伝言ゲームのごとく伝わることは危険であり,科学的根拠があいまいなまま作業仮説が先行してしまう可能性を秘めている.失敗例は同じミスを回避するうえで先に知りたい情報であり,そこには文献からは得られない情報が含まれているはずである.そのためプロトコル中で間違いやすい点から,検討を試みたが思うような結果が得られず撤退した内容に至るまで,時間が許す限り情報を共有したい.こういった作業の積み重ねが研究室独自のノウハウを養うのではないだろうか.

以上に加え,研究指導者による積極的な段取り調整が行われることが好ましい.適切なタイミングで引継ぎの要請があることで,資料などの準備に余裕を持って取り組むことが可能となるからである.データ整理,試料リストの作成などは論文を書く準備に近いものがあり,格好のトレーニングでもある.また,自らの仕事の進捗状況を客観的にまとめ,誰がみても理解できるように整理しておく力は,社会に出てからも求められる能力の1つであり,早期に養うに越したことはない.卒業前,最後の成長の機会として,引継ぎの場を積極的に活用してみてはいかがだろうか.

豊田 優,久保田佐綾,松原惇高(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2012年11月号より転載

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