本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
会社が倒産してしまうように,ある日突然,ラボがなくなってしまうことがある.「そんなバカな」と思うかもしれないが,可能性はゼロではない.少なくとも,指導教員が異動し,現在の環境を維持したまま学生が研究を継続することが困難となる場合がある.少しでも後悔のない選択をするために,学生側はどのようなリスクを考慮し,どのように行動すればよいのだろうか?
異動の形としては,①研究室主催者が栄転し,ラボごと移転する場合,②准教授や助教など,グループリーダー格の指導者が異動する場合,③研究室主催者の退官後,領域がまったく異なる教室に変更となる場合,④不慮の事故によりラボが閉鎖される場合,などがあげられる.当事者の多くが気にすることは,卒業/学位取得要件への影響ならびにテーマ継続の有無であろう.博士課程に在籍,あるいは進学を志している場合,ここでの判断が後の人生に影響を与える可能性さえある.それぞれのケースについて考えてみたい.
①,②に関しては,配属から1年経たずに教員が異動した例もある.このような場合,外部指導委託という形で指導者についていくことを可能とすることが多いようである.修了判定/学位審査は元の所属にて行われるため,取得できる学位などに関する不利益はないといってもよく,比較的将来の予定も立てやすいはずだ.現行テーマに対する熱意,研究者としての将来を希望するかどうか,指導者との相性などを総合的に判断することになるだろう.③の場合,退官時期は予め知ることができるため,何らかの事情で学位取得に時間がかかっている場合に問題が起こりうる.何とかしてしがみつくか,潔く身を引くという決断を下す必要があるかもしれない.逆に,このような事態を避けるため,教室の継続性などを配属前に調べておくことが重要である.④の場合では,大学が学生としての身分を保証はするものの,研究の継続が困難であるとの理由から,研究テーマの変更を余儀なくされた例がある.人事案件が公開されてから学生が進路を判断するまでの時間が十分に確保される保証はなく,異動先を速やかに見つけるよう促されることもあるようである.もちろん,次のスタートアップのためにも,決断が早いに越したことはない.しかし,短い時間で冷静な判断を下せるとは限らないため,できるかぎり時間をかけ,自分が納得できるまで粘った方がよいだろう.研究の継続が厳しい状況であっても,今後のキャリアアップなどを踏まえ,視野を広げて打開する姿勢が重要である.
いかなる場合でも,卒業要件については特に気を付けたい.学位申請に際し,学術誌への論文掲載などが必要とされる場合があり,論文の規定本数や掲載誌に関する要件は大学あるいは専攻ごとに定められている.しかし,それらの要件が積極的に公開されているわけではないからだ.発表済みの論文がある場合など,すでにもっている成果を学位申請に使用できるかどうか,書面で確認を取るなどの対応をしておいた方が安全である.実際,論文の使用を認めるかどうかについて大学の対応が二転三転した事例があるようである.
学生一人ひとりに思い描く将来があるように,指導者にも目指すキャリアがある.特に30〜40代の若い研究者に師事する場合,指導者が異動する可能性を十分考えておくべきである.異動に至った経緯や状況によっては,ときに円満な解決が見込まれず,学生側のモチベーション維持が困難となる場合もありうる.不測の事態に陥った場合,大学側から提案された解決策がすべてであると思わず,自分にとってのベストを考え,それが叶わない場合でもベターをめざすことが,結果的に自らの身を守ることになる.思い当たる節が少しでもあれば,決して他人事だと思わず,自らのシミュレーションを行ってみてはいかがだろうか.
白井福寿,豊田 優(生化学若い研究者の会・キュベット委員会)
※実験医学2014年7月号より転載