本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
近年,科学コミュニケーションという言葉を耳にする機会は多い.しかし,それは実際にどのような取り組みなのか,研究者にどのような利点があるのか,具体的に何をすればよいのか,私たち大学院生が十分理解できているとは言い難い.そこで,2014年8月,第54回生命科学夏の学校※1にて,学生や若手研究者を対象として「科学コミュニケーション」を題材としたワークショップが開かれた.科学コミュニケーションがご専門の小泉 周先生(自然科学研究機構研究力強化推進本部)と加納 圭先生(滋賀大学教育学部理科教育講座,京都大学iCeMS科学コミュニケーショングループ)をお招きして,その現状や,実施するためのヒントなどを講演いただいたので,その内容を紹介する.
科学コミュニケーションとは,研究者と一般市民が対話し協働することで,よりよい社会をつくるための取り組みである.研究者が発信する確かな裏付けのある情報は,一般市民が正しい科学の知識を得る上で重要である.また,すべての結論はエビデンスに基づくべきであるという科学の基本的な考え方は,一般市民が信頼できる情報を選択する基準となる.科学に関して誤解を招く近年の報道などを受けて,科学コミュニケーションの必要性はさらに高まっており,とりわけ研究者の発信能力の向上が求められていると,小泉先生は語る.
2013年にJSTが実施したアンケート調査※2では,70.9%の研究者が科学コミュニケーションの必要性を自覚しており,活動経験が「ある」と答えた研究者は64.4%だった.一方で,研究者の自発的な活動として根付いてきたと回答した人は28.1%にとどまり,研究者の意識と自発的な活動としての定着度合いの間には大きな隔たりがあることが示された.加納先生はこの隔たりを生む要因として,科学コミュニケーション活動が,論文発表やグラント獲得のような明確な業績として評価されないことをあげた.大学や研究機関のサポート体制や数値化された評価基準が整えば,科学コミュニケーションのさらなる活性化が期待できるとのことだった.
このように制度面の改善が待たれるが,そもそも科学コミュニケーションは,業績として評価されなければ研究者にメリットはないものなのだろうか? それに対して,先生方は3つのメリットをあげた.1つ目は,細分化された自分の研究を見直すきっかけとなることである.専門外の人に研究内容を伝えるには,自身の研究の社会的立ち位置を認識することが求められるからである.2つ目は,多様な人との繋がりが生まれることである.専門的な狭いコミュニティに閉じこもりがちな研究者も,科学コミュニケーションを通じて,異分野の研究者や一般市民,子どもなどさまざまな人と出会うことができる.そして3つ目は,社会の期待やニーズ,現状を掴む機会となることである.一般市民との双方向のやり取りによって,新しい研究の可能性や方向性を探れるかもしれない.
最後に,私たち大学院生でもすぐにはじめられる科学コミュニケーションの第一歩として,専門知識のない身近な人に自分の研究をわかりやすく伝えることを提案する.そのためには,研究の本質を捉えながらも,専門用語を使わず平易な言葉で説明しなければならない.筆者の1人,大高木も,大学院で何をしているのか両親に尋ねられた際,全く理解してもらえなかった経験がある.伝える相手のことを考えた適切な言葉選びも,立派な科学コミュニケーションの1つだろう.まず研究者が社会に求められる情報をくみとるという小さな一歩が,現状を変えていく大きな原動力になるのではないだろうか.
※1 「生命科学夏の学校」とは,日本生化学会後援の若手団体「生化学若い研究者の会」が主催する年に一度の研究集会である.
※2 小泉先生を筆頭とする科学コミュニケーションセンターの調査研究ユニットにより,約12万2千人の研究者を対象として実施された(http://www.jst.go.jp/pr/info/info970/).
大高木結媛,余越 萌(生化学若い研究者の会キュベット委員会)
※実験医学2015年7月号より転載