[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第59回 博物館発! 生物多様性情報の無限の可能性

「実験医学2015年5月号掲載」

皆さまは「生物多様性」と聞くと,どのようなイメージを頭の中に浮かべるであろうか.生物種,生態系,環境,侵略的外来種,希少種などの多様なワードとイメージが浮かんでくると思う.漠然としているかもしれないが,それで正解である.生物多様性とは,さまざまな環境でさまざまな生物が互いにかかわりあって生態系を構成している,その生態系や生物,遺伝的多様性を総称しているのである.

われわれ博物館の仕事は,実は生物多様性と直結している.博物館が収集・保管する動物や植物,菌類などの標本資料は,その種がそこに存在していたことの確かな証拠だからである.一つひとつでは,その生物についての情報に過ぎないが,たくさん集まると「生物多様性」のデータ,つまり「生物多様性情報」となる.

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「現代生命科学」

地球規模生物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility:GBIF)は,世界中の博物館や研究機関からそのような標本や観察情報に付随する「生物多様性」データを集めている機関であり,インターネットを介して,世界の生物多様性情報を共有し,誰でも自由に利用できるしくみをつくっている.日本からも,国立科学博物館(以下,科博)をはじめ,多数の博物館・研究機関からの標本情報や観察情報が,科博または国立遺伝学研究所に集められ,それぞれの機関に設置されたサーバを介してGBIFに提供されている.また,科博から発信されている情報は,サイエンスミュージアムネット(S-Net:http://sciencenet.kahaku.go.jp/)において日本語でも扱うことができる.こうしてGBIFには現在までに5億2千万件以上の標本・観察情報(種名・日時・場所など)が世界中から集積されており(図),さながら世界最大の生物多様性情報のバーチャル博物館となっている.

GBIFが提供する生物多様性情報の分布地図

GBIFが提供する生物多様性情報の分布地図.
白点が多い場所ほどデータ数が多い
(出典:www.gbif.org©OpenStreetMap contributors, CC BY-SA 2.0).

ビッグデータとなった生物多様性情報の可能性は無限大である.その用途は,生物分布の基礎資料や希少種の分布域の把握といった使い道だけではない.時間軸で切ると,渡り鳥の飛行ルートや,侵略的外来種の進入経路・経年伝播状況の推定もできる.これらのデータは,研究のためだけでなく,科学的なデータに基づいた環境政策の意思決定を行う際にも有用である.また,データを共有することにより,標本・観察データにさまざまな分野の専門家がアクセス可能になった意義も大きい.分類学者や生態学者により長年集積された膨大な情報を,全く別の研究者・技術者が用い,感染症のキャリアや隠れた種間関係,適切な保護区域,生物多様性の重要な法則やしくみを次々に発見する,そんな時代がすぐそこに来ているのである.

GBIFは欧米では知名度も高く,研究などでの引用頻度も高いのに比べ,日本ではまだその認知度が低い.その点が非常に残念である.そこでGBIFの日本ノード(活動拠点)であるJBIFでは,生物多様性情報の重要性を再認識してもらうための広報活動を展開している.GBIFのもつ世界規模の生物多様性情報は,目の付け所次第でいろいろな情報を引き出せる「宝の山」である.この機会に「科博,S-Net,GBIF,JBIF,生物多様性情報」を頭の片隅に置いていただき,何かの閃きのきっかけになれば,この上ない喜びである.

引用・参考資料
・GBIFウェブサイト(http://www.gbif.org/occurrence;2015年2月1日参照).
・地球規模生物多様性情報機構日本ノード(JBIF)パンフレット(http://www.gbif.jp/v2/pdf/GBIFpanf.pdf;2015年2月1日参照)

中江雅典1)3),福田知子2)3)(国立科学博物館動物研究部1)/国立科学博物館植物研究部2)/JBIFワーキンググループ3)

※実験医学2015年5月号より転載

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