[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第68回 研究交流から共同研究への実現に向けた挑戦

「実験医学2016年2月号掲載」

近年,博士課程のあり方が変化している.専門性の高さだけではなく,俯瞰力や即戦力を将来的に活かせる人材育成に力を入れた,博士課程教育リーディングプログラムという制度だ.私は東京大学の統合物質科学リーダー養成プログラムに属しており,このプログラムでは社会の抱える科学的課題解決に向けて,物質科学を統括的に理解し解決できるリーダーを育成するしくみになっている.物質科学にかかわる物理系・化学系に属する9専攻から選抜された1学年40名弱の大学院生が属しており,私の研究対象とする生体分子とは程遠い研究をする者が数多くいる.学生同士のコミュニケーションの場として,個人研究発表だけでなく共同研究案発表,創案発表といった分野の枠を超えたアクティビティにともに取り組んできた.また,第一線で活躍されている産学官の方の話をうかがう数多くの機会を通して,企業人が博士人材に期待することや,内閣府による科学技術政策施行の裏側を直接うかがうことができ,産学官における科学のあり方や,社会への貢献について今一度考え直すことができた.

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さて,研究交流において,異分野の学生との交流の第一歩は,共通知識を前提としない自身の研究発表だ.ストーリーの展開や説明の簡素化に何度も工夫を凝らし,発信力・プレゼン力を鍛え続けてきた.予想外の質問も数多く受け,研究室内では見出しにくい全く違う角度から自身の研究を再確認できた.異なる研究分野に目を向けることで,馴染み深い分野の意外な落とし穴や発想に気付かされる.しかし,扱う物質のサイズの違い,温度などの環境の違い,などが大きいために,空想上の共同研究案で留まるという現状に多く立たされた.共同研究は無理に施行する必要はないものの,本プログラムで共同研究の挑戦状を渡されていると心の奥底で感じ,本プログラムの同期とある意味挑発的な研究に取り組むことにした.というのも,お互いの観察している空間スケールが大きく違った.私は,生体分子1分子の機能を理解するために,紫外光・可視光・近赤外光を用いてnmレベルでの運動を測定する手法に携わってきた.一方,共同研究相手は,生体分子1分子に標識された微小結晶の三次元運動をX線照射により追跡する手法に携わっておりpmレベルと非常に高い精度での測定が可能となる.空間スケールのギャップを超えた測定となるため,共同研究の発案には頭を悩まされる日々が続いた.そんななか,お互いに基礎的な知識や情報を話し合いやメールで共有するうちに,自身がいかに狭い研究分野しか知らなかったかということに気付かされた.異分野研究への抵抗は想定以上になくなり,研究の幅も広げることができた.また,新しい研究の開拓に対する苦労を経験でき,将来主導的立場になる際には大いに役立てていきたい.

さて,こうした異分野間での交流経験をどこかで活かしたいと考えたのが,「生物物理若手の会」だ.生物物理若手の会は,現在の親学会である日本生物物理学会の設立のきっかけともなっており,アクションを自ら起こすのに恵まれた環境でもある.関東エリアでの活動として生化学若手・脳科学若手・分子科学若手の三団体との合同で,共同研究案の発案をここ2年間で幾度と開催し,毎度よい反響が得られている.生命科学にかかわる大学院生が集結するとはいえ,分子レベルから生体レベルまでと扱う対象やスケールや装置が全く異なるため,互いの研究の共有にかかる苦労の大きさは物理・化学の場合とさほど変わらないのはおもしろいところだ.また,共同研究の実例の講演会も開催し,共同研究のあり方について考えさせられた.基礎研究の開拓・発展,そして応用研究から開発・実現へのプロセスに着目すると,異なる研究分野同士の掛け合わせの時代の到来に改めて気付かされる.この機に,自身の研究を広い視野からもう一度見直してみませんか?

木下慶美(東京大学理学系研究科物理学専攻/生物物理若手の会)

※実験医学2016年2月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2016年2月号 Vol.34 No.3
発見から100余年 Notchシグナルの新世紀
発生・再生から、がん・代謝性疾患まで拡がる舞台

山本慎也,森本 充/企画
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