[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第91回 バイオ系研究室のイクボス:嬉しかった気遣い

「実験医学2018年1月号掲載」

ここ数年のあいだに,政府による啓発イベントなどをきっかけとして,イクメン(育児を積極的に行う男性)という言葉が世の中に浸透し,身近な言葉の1つになった.その一方,育児休業の取得を希望しているが取得できない男性正社員の割合は約30%との報告もあり(仕事と家庭の両立支援に関する実態把握のための調査研究事業報告書,平成27年度厚生労働省委託事業),多くの課題が残されている.このような状況で最近注目されているキーワードが「イクボス」である.

イクボスとは,「部下や同僚等の育児や介護・ワークライフバランスなどに配慮・理解のある上司」をさす造語である.近年,働き方改革が社会的に注目を集めていることのみならず,ワークライフバランスを重視する学生が今後増加する可能性が高いことなどを踏まえ,イクボス概念の普及が組織の経営戦略上も重要であるとの考え方が広がりつつある.実際,就活生の多くが「個人的な活動,家族,仕事のバランスをうまくとりたい」という項目を重視する傾向にあったという学生調査(2018就職活動に関する学生調査,アイデム社)も存在する.もちろん研究者という職業の特殊性を踏まえると同様の傾向が生命科学分野の研究者をめざす若手一般にも当てはまるとは言えないが,ライフイベントと研究の両立を支援することの必要性が産学官を問わず認識されつつあるのも事実である.私の身の周りの例になるが,夫婦ともに大学で研究に従事している筆者らのお互いの上司もイクボスであり,多くの配慮があることに非常に助けられている.

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ここでは,つい最近父親となり人生初の育児を経験している視点から実際に感じたことを紹介してみたい.まず,日常生活の大半を過ごす研究室において,パートナーの出産や育児といったライフイベントに関する情報や考え方を上司と共有できたことは非常に有益であった.もちろん個人の性格によって意見が異なることもあるだろうが,新たに設けられた時間的制限のなかでどのように仕事を効率化すればよいかなどについて,オープンな雰囲気で前向きな助言をもらえたことで,その後の心理的負担が大きく減ったように思える.幸いにも筆者の場合,直属の男性上司から子育てのノウハウや諸々の段取りも伝授してもらえた.このことは,家庭の平和を保ち,日々のパフォーマンスを維持することにたいへん役立っている.また,ライフステージによって労働時間や場所に制限が生じてしまうことに寛容な職場の雰囲気も貴重である.良くも悪くも大学の研究室というのは,学生以外では同じようなライフステージにいる人間が少ない,比較的規模の小さなコミュニティである.そのため,研究室主宰者(PI)を含めて数名のスタッフ+学生という一般的な規模の研究室の場合,上司がイクボス的な視点を備えているかどうかは,子育て世代の研究者にとって今後ますます見過ごせないポイントになるだろう.日頃から双方向のコミュニケーションを心がけ,より強固な信頼関係を構築することが建設的な第一歩につながるはずだ.

ウェットラボの研究者はある程度のまとまった時間を実験に充てる必要がある.そのため,共働き世帯が増える昨今では,将来のために成果が求められる若手スタッフやポスドクが研究と育児を両立させるのは容易なことではない.特に女性研究者については,その配偶者の大半が働いており,その業種は大学教員・研究者など同業者である割合が高い(51.9%)という調査結果もある(平成17年版男女共同参画白書,内閣府男女共同参画局).このような状況を踏まえると,適切な気配りやマネジメントができるイクボス型PIの需要が高まっていくと考えられる.プライベートな事柄に接することはお互いに気を遣うに違いないが,イクボスが本当の意味で学術界にも浸透し,当たり前の存在になる日がくることを期待したい.

豊田 優(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2018年1月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2017年12月号 Vol.35 No.19
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荒川和晴/企画
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