本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
性別,年齢,人種,国籍,宗教,信念,性的指向および性自認,病歴,障がい,ライフイベント(育児や介護等)の有無や違いなど,異なる立場・背景を互いに尊重し,コミュニティの多様性を高めようとする動きが「ダイバーシティ推進」である.
アカデミアのダイバーシティ推進というと“女性研究者比率の向上”のイメージが強い方も多いと思う.これは日本のアカデミアにおける性別の偏りが大きい(ダイバーシティが低い)ためで,女性研究者比率はこの10年で13.0%から16.2%に増加したものの,諸外国(イギリス38.7%,アメリカ33.4%,ドイツ28.0%,フランス27.0%,韓国20.1%)に比べるといまだ低い値だ1).一方,日本は研究者が多い2)ものの,ご存知のようにアカデミックポストは限られている.PhDホルダーのキャリアパスが男女問わず大きな課題であることも重なり,女性研究者比率増加は一朝一夕にいかないのが現実である.
さて,ダイバーシティ推進でもうひとつ重要なことにライフイベントサポートがある.男女問わずバリバリ教育・研究をしている人が育児や介護をはじめるとどんなことに直面するだろうか.「祝日だが授業がありパートナーも同業者で同じく授業日.保育園は休みだし,休講も避けたい…困った」「介護がはじまって想像以上に時間がとれず研究が進まない…ピンチ」等が現場の声である.競争のある研究の中断は研究者にとって死活問題だし,行事や学生指導も重要な仕事である.一方で研究者だって家族は大切だ.そこで,サポートをはじめている機関が増えつつある.調査や実験を手伝う研究支援員等の人件費補助や,託児室の設置,ベビーシッター補助,在宅勤務制度の導入,介護・育児の行政サービスの相談など機関によっていろいろだ.その他に多様な性的指向および性自認への理解も深まりつつあり,男女を問わない「だれでもトイレ」が増え,学生証に性別の記載をなくす動きも出ている.
とはいえ「私の所属機関にはどれもない」という方も少なくないだろう.ダイバーシティ推進はまだまだ過渡期で,全国的な動きがはじまったところだ.平成30年度には全国ダイバーシティネットワーク組織3)が発足し,これからダイバーシティ推進をはじめようとする機関の参加も歓迎しているそうだ.全国規模での情報共有からダイバーシティの“土壌”が豊かになるものと想像している.
以上,アカデミアのダイバーシティのほんの一部分に触れた.
先日,イギリスのロックバンドQueenを描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観た.映画では個性の異なるメンバー4人が喧嘩しながらも意見し合い,よいものはよいと認め,互いを必要としながら作品をつくる姿が描かれていた.「クリエイティブというのはこういうことだ」と改めて思うシーンだった.異なる立場や背景のなかで,臆せず踏みとどまり意見することは,勇気がいることだ.慮りすぎて発言が怖くなることもある.それでも批判なしで,誰もが発言しやすい環境をつくり,アカデミアを“クリエイティブ”な環境にすることが私の仕事だと感じる日々だ.
大塩立華(電気通信大学 男女共同参画・ダイバーシティ戦略室)
※実験医学2019年11月号より転載