本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
「遺伝カウンセリング」をご存知だろうか? 最近ではマスメディアでとり上げられたり,ガイドラインに記載されたりしていて,耳にしたことがある方もいるかもしれない.筆者は遺伝カウンセリングに携わる職種の一つである「認定遺伝カウンセラー」という学会認定資格をもって働いている.
筆者はもともと,学部で生命科学を学んでいた.そのなかで,ゲノム情報の利活用には多くの倫理的課題が内包されることに興味を持っていた.大学卒業後の進路として選んだのは,遺伝カウンセラーの養成コース(修士課程)への進学であった.患者さんやご家族がゲノム情報と対峙する,まさにその現場をサポートしていきたいと考えたのだ.
遺伝カウンセリングは「疾患の遺伝学的関与について,その医学的影響,心理学的影響および家族への影響を人々が理解し,それに適応していくことを助けるプロセスである」とされている1).定義だけでは,その内容を実感するのは難しいかもしれないが,「もしあなたやあなたの家族が,遺伝性疾患と診断,もしくはその疑いがあるとされたらどうするか」をご想像いただきたい.まず,疾患の情報を正確に知りたいと思うのではないだろうか.他にも,家族への遺伝の確率や,遺伝子の検査を受けられるのか,受けることによってどんな影響があるのか,さまざまな疑問が出てくるだろう.そして同時に,この「遺伝の病気」をどのようにして自分の人生に落とし込んでいけばよいのだろうかと悩むかもしれない.不安を感じる人もいるだろうし,家族同士でも考えに違いがあり迷ったりする可能性もある.そのようなときのサポートの一つとされているのが遺伝カウンセリングなのである.
さて,前述したように筆者は生命科学を専攻していたこともあり,就職後も遺伝性疾患の遺伝子解析研究に従事する機会に恵まれた.現在も遺伝性網膜変性疾患における遺伝子解析に携わっており,遺伝カウンセリングと同時に遺伝子解析研究についてもお伝えすることがある.遺伝カウンセラーとしての立場と,研究に関与する者としての立場は明確に分ける必要があるが,2つの現場を同時に見ることができるからこそ得られる気づきやメリットもある.患者さんたちが日々どのような思いで病気と向き合い,どれだけの決意をもって遺伝子解析研究に協力してくれているのか,その苦悩と強さを目の当たりにし,研究成果がもたらす影響や実際の患者さんの期待とニーズを知ることができる.一方で解析をしているからこそ,技術の原理や可能性,限界など解析の実情を知ることができ,それを患者さんに話して総合的に判断してもらうこともできるのではと考えている.
今後,ゲノム情報の医療応用はますます増加すると考えられる.またゲノムに限らず,生命科学や基礎医学の知識や情報を,いかに個人や社会に還元し,反映させ,また互いに循環させるかが大きなポイントになろう.そういった発展のなかでは,両者を深く知る橋渡し役がこれまで以上に必要となると考えられる.遺伝カウンセラーという職業もまた,こういった橋渡しを期待される部分もあるのではと考えている.遺伝カウンセリングというゲノム医療の現場を紹介することで,読者のもつ素晴らしい知識と情熱を生かす道の一つの例と見てもらえれば幸いである.
認定遺伝カウンセラー 吉田晶子(神戸市立医療センター中央市民病院/神戸市立神戸アイセンター病院/理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト)
※実験医学2020年3月号より転載