本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
近年の論文雑誌には,例えばCell系であればGraphical Abstract(GA)とよばれるビジュアル資料の論文要旨とともに論文が掲載されています.科学研究は,主に税金により成立している場合が多く,現在はその説明責任のためにも,自らの研究成果をいかにわかりやすく人に伝えるかが重要になっています.もっと言えば,オープンアクセス・プレプリントジャーナル,研究予算のクラウドファンディングなどの流れもあり,科学研究の評価者や投資者は多様化しており,GAやFigureは,専門外の人々にも「何をして,何が明らかになった」のかを端的に理解してもらうツールとしてその重要性が増してきていると言えます.
私はこのようなサイエンスの専門的な内容をより多くの人にわかりやすく伝えるための手助けをイラストレーションを通じて行っています.GAや論文のfigureなどのサイエンスイラストレーションを描くデザイナーはデザインを理解していることに加え,科学知識なども備えてこそ務まる専門職です.日本ではまだ一般的ではありませんが,海外の研究機関においては,所属している研究者からデザインやイラストを受注する部署もあるほどです.
本稿では論文のGA作成を例に,サイエンスイラストレーションがどのように進められるのかを紹介したいと思います.サイエンスイラストレーションを作成するプロセスには個人差があるものの「読みとり(聞きとり)」「リサーチ」「レイアウト」「ラフスケッチ」「清書」の順番で行われることが多いでしょう.はじめに科学者(依頼主)が作成したいイメージを掴みとるため,論文そのものや要旨に目を通します.イラストにするということは,見えているありのままを描くことではなく,不要な情報を削り,特徴を強調する作業とも言い換えられ,論文の総論と各論をデザイナーが理解することで,イラストに込めるべき内容の取捨選択ができるようになります.論文を読み込んだだけではデザインのための十分な理解に達していないと感じたときは独自にリサーチして理解を深める必要があります.研究の内容やその背景まで,流れが理解できたらレイアウトを組みます.論理展開は必ず複数にわかれるので,視点の動線を意識して配置や形,流れを考える作業です.そして,使用するイラストパーツやキャプションをどういったレイアウトで収めるかを紙にスケッチします.バラバラに考案したものを組合わせてみるとイメージと違った,ということも多く,ラフスケッチの段階で確信を得るまで何度もやり直しをする方が,結局のところ完成が早かったりするものです.ラフスケッチが完成したら科学者と議論し,最終イメージを擦り合わせます.デザイン性・科学性から双方に譲れない部分があるので,議論をかさね,お互いに納得を得られた後,清書に移ります.ツールはAdobe社のIllustratorを使用しています.ベクターデータなので滑らかで劣化のない画像に仕上がることが特長です.そして,最終チェックを経たデータを納品して,完了となります.
意外なことに,ツールを使って作業する時間は,デザインプロセス全体の3割程度で,じつはイラスト化する内容の理解や情報整理に最も多くの労力が割かれます.そのために,先に書いたように,デザイナーの科学知識と研究内容の基礎的な理解がコミュニケーションを円滑にし,イラスト化するイメージを詳細に共有するために,必要不可欠なのです.
今後の期待として,科学者の方からも「あのポスターの配色が好き」「この雑誌の表紙がかっこいい」など,デザインへの理解や興味があると,もっと上質なサイエンスイラストレーションが生みだされていくのではないかと考えています.
小髙明日香(横浜市立大学コミュニケーション・デザイン・センター)
※実験医学2020年2月号より転載