本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
みなさんは研究者の知り合いが何人いますか? そしてその方とはどうやって知り合いましたか?
筆者はウイルス研究を専門にする40代,東京のとある研究所に勤める研究者ですが,自分の研究領域内外で随分と多くの知り合いがいるように思います.千人はいないかな? しかし思い返してみると,大学院生時には研究室の外にはほとんど知り合いがいませんでした.成果発表の学会がほとんど唯一の,世界とつながる機会でした.でもその学会でも,それぞれ異なる研究室の人たちが会うなり「久しぶり」と爽やかに挨拶する姿を目にし,いったいどこで知り合うのだろう,と不思議に思っていました.就職するには人脈だ,とかなんとかハウツー本に書いてあると,人脈ってなんだ,と思う次第.そうやって,発表しdiscussionする学会でも特に親しい知り合いが増えるわけでもなく….本当は知り合いがいたら,いま自分が困っていることを聞き,何より同じ立場の人たちと触れ合うことが研究生活の支えになるのにな,と思っていました.そんな寂しい原体験を持つ人間の話です.
筆者が勤める研究所は学生さんが主体で構成される組織ではなく,むしろおじさんおばさん(失礼)が多い施設ですが,筆者は幸い多くの学生さんと一緒に研究する異色のチームを編成していました.それが目立ったのかどうか,どうせなら研究所全体の若者の面倒を見ない? と言われ,所内に若手研究者コミュニティを立ち上げました.Green Scientist Clubと言います.若葉マークの研究者見習いの会,という名前です.ポスター発表会や勉強会的な集まりを開いたり,市民のみなさんに実験を体験していただくアウトリーチ,たまにはスポーツを楽しんだり,活動開始から7年,現在では研究所の文化として根付いているようです.
また,この会とは別に研究所外でも活動を行っています.日本ウイルス学会では,日本全国から学生さんにお越しいただく若手研究者育成プログラム「ウイルス学キャンプin湯河原」という研究合宿を毎年開催しています.異様な盛り上がりを見せる会で,招待講演30分に対して質疑が30分以上続くようなエネルギーがあり,研究力の低下が議論される日本で,なかなかに明るい研究の将来像を描いてくれるのではないかと期待している次第です.
その他さまざまな活動は誌面の都合上省略しますが,さて,このようなコミュニティ活動は本当に必要でしょうか? みなさんは,実験の手を止めてまで参加する必要があると思いますか? もちろん答えはみなさん次第,それぞれの正解があると思います.ここでは主催する側の見方をひとつ書いて終わりたいと思います.
いまの時代,さまざまなテクノロジーや解析法が進み研究領域が細分化されるにつれ,一つの研究室ですべての技術を網羅することが難しくなり,創造的な研究には研究室を越えた共同作業が威力を発揮します.多様化する研究や社会のなかでは多くの聴衆や先生方に接し,話をする機会が増えることでしょう.国際化も,もはや日常です.そんななか,自分の独創性は何なのか,付加価値はどこにあるのか,そもそも自分はどこに立っていて今後どこへ向かいたいのか,考えることは尽きません.インターネットよりもリアルな情報に接し,人は人の姿から影響を受け,書を捨て町へ出てみれば,そこには何か自分にとっての宝物があるかもしれません.自分のありたい姿が,むしろ人を通して見えてくるかもしれません.そんな場や選択肢を提供し,研究成果や名刺と一緒にモノの見方やモチベーションを交換してみれば,自分もまたみんなと一緒に成長できる気がしています.そんななかでは知り合いをつくろうと気負う必要はありません.気づけば周りにたくさんの同志がいてくれるものだと思います.
渡士幸一(国立感染症研究所ウイルス第二部)
※実験医学2020年5月号より転載