本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
研究者にとって「論文」とは世界に向けての新しい知見を発表する場である.じつは近年,多様な目的をもつ新しい論文形式が誕生している.本稿では,そのなかでData Paper,Methods Paper,Idea Paperの3つの論文形式を紹介したい.
論文には複数の形式が存在する一方で,多くの研究者は研究成果をできるだけ原著論文に仕上げることをめざしている.しかし,原著論文にこだわるあまり,日の目を見ない研究成果が散見される.科学の本質は知識の積み重ねにあり,得られたデータを公開し,すべての研究者が利用できるようにすることが理想である.そのため,近年の科学界は,データ共有 “data sharing”の考えのもと,研究データの公開に積極的に動いている.それに伴って,Data PaperやMethods Paperといった新しい論文形式が誕生した.
Data Paperは,研究データ自体に学術的価値を見出して研究業績として評価するために生まれた形式である.特に,生物の全ゲノムの配列データがData Paperによって広く共有されている.例えば2020年11月のNature誌には,新たに得た鳥類267種を含めた363種の全ゲノムを比較解析した論文が掲載された1).これらの膨大なゲノムデータからは,解析のしかたしだいで多様な知見を得ることができる.すなわち,読者を含む多くの研究者がData paperで共有されたデータを自身で解析することで,理解を深めることが可能になる.
Methods Paperは,新しい研究手法を報告する論文形式である.例えば2016年10月のNature Methods誌では,細胞が生きたまま,細胞周期の4段階すべてを同時に染め分ける手法が報告された2).この手法は抗がん剤の効果をより詳細に視覚化することに応用され,その成果が2019年4月のCell誌に報告された3).このようにMethods Paperでは,技術情報を共有することで,周囲の研究者が新たな成果を生み出すことが期待されている.
このように「データ」共有の動きは新論文形式の登場に伴って拡がりつつある.加えて,さらに科学の発展を加速させるものとして「アイデア」の共有が提唱されている.Idea Paperは科学者のもつ研究アイデアを発表する論文形式として,2020年7月にEcological Research誌で特集記事が組まれた.提案者の1人は「アイデアの囲い込みを防ぎ,発展途上の研究アイデアの芽を共有するしくみだ」と紹介している.実際に掲載された「空港生態学の提案:ヒシバッタの斑紋多型の進化」4)では,先行研究と研究の空き時間に行った虫捕りからこの論文のアイデアを着想した,と述べられている.Idea Paperは既存の論文形式とは一線を画すユニークな形式であるが,2020年12月時点でEcological Research誌では常設とはされておらず,今後反響を見て検討するとのことだ.
本稿で紹介したデータ共有のためのData Paper, Methods Paper,アイデア共有のためのIdea Paperなどの論文形式は,幅広い研究者にとっての研究発表の場となるだけではなく,今後の研究発展の一助になると確信している.いま一度自身のもつ研究データやアイデアを整理して,これらの論文形式で投稿できないかどうか検討してみてはいかがだろうか?
三田村学歩,安西聖敬(生化学若い研究者の会キュベット委員会)
※実験医学2021年3月号より転載