本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
研究を続けたくて博士課程に進学したけれど,この先も研究を続けることが本当に一番幸せな選択なのだろうか? 研究以外にもやりがいのある楽しい仕事があるのでは?──博士学生たるもの疑問は放置できない! ということで早速,書籍1)〜3)と学会主催のセミナーを通して,博士のキャリアパスについて調査しました.すると,研究職以外にも博士の活躍の場はたくさんあり,およそ3種類に分類できることがわかりました.
〔例:研究機関で支援業務を行うURA,知財管理専門の弁理士,研究系財団の職員,文科省(文部科学省)の行政官〕研究の発展に欠かせない縁の下の力持ちです.研究現場を熟知しているという強みを活かすことで,細やかな支援につなげられます.自身が研究者として働く場合よりも,幅広い研究に触れられる点も魅力の一つです.
(例:サイエンスコミュニケーター,科学書籍の翻訳者や編集者,新聞やテレビ局の記者,中高・予備校の教員)高度な専門知識やデータ読解力を活かして,科学と社会をつなぐ仕事です.学会発表や申請書作成で鍛えたプレゼン・文章力も活かせます.気になる方はサイエンスコミュニケーター養成講座で学んでみてはいかがでしょうか4)5).
(例:コンサルタント,システムエンジニア,起業家,投資家)研究で培った論理的思考力や課題解決力を活かして,社会の課題にとり組む仕事です.研究と同様に,課題解決のための計画・実行・改善をくり返すことで,本質的な解決策を見つけ出し,新たな社会の実現に貢献します.
職種だけでなくキャリア変遷もさまざまです.アカデミアと企業を行き来する人や,研究と並行して新たな事業をはじめる人もいます.つまり,「一生研究だけ」か「一生研究しない」の二択で考える必要はないということです.
さらに私たちは,先人の生の声を求め,文科省行政官の梅田理愛さん(理学博士)を取材しました.梅田さんが感じている博士の強みは,研究現場と行政のギャップを理解したうえで制度作りに携われる点だそうです.また,研究者の顔がリアルに浮かぶことがよい制度をつくろうというモチベーションにつながる,というお話も印象的でした.
このように,博士の経験やスキルは,研究職以外の仕事でも強みとして輝きます.「博士号をとる=研究者として生きる」という固定観念を捨てることで,思わぬ天職に出会えるかもしれせん.もちろん,研究の魅力を再認識する場合もあるでしょう.意志さえあれば,いつでも道は選び直せます.今回紹介した選択肢はほんの一部ですので,ネットや書籍,大学のキャリア支援室,企業の説明会等を活用して,ぜひ一度調べてみてください.本稿が皆さんにとって,自由なキャリア選択を考えるきっかけとなれば嬉しいです.
謝辞
取材に快く応じてくださった梅田理愛さんに,心より感謝申し上げます.実感のこもったお話に元気と希望をいただきました.
樫本玲菜,岩村悠真(生化学若い研究者の会,キュベット委員会)
※実験医学2022年10月号より転載