[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第149回 研究者の作家活動について―カレー屋のラッシーに学ぶ

「実験医学2022年11月号掲載」

餅は餅屋という言葉がある.物事はその分野の専門家に任せるといいというような意味だ.

その専門家が作る専門のもの以外の味を気にならないだろうか.例えばお寿司屋さんのだし巻き卵であったり,カレー屋さんのラッシーであったりと,専門家が作るものはその分野にとどまらず,いいものを作る.言葉の綾ではあるが,その流れで研究者の作る作品もまたあってもいいと思うのだ.研究者と作家はそれくらい近い庭にいる.その間に垣根などないのである.この記事が,作品を作ることのハードルを下げ,日々研鑽を行う研究者の方々の作品作りの呼び水になればいいと思う.

研究者の作る作品について触れる.もう少し狭めると生き物を扱う研究者の作る作品について触れる.

なぜ研究者と作家なのか.いくつか理由はあるが共通する点は専門的なインプットの量,それに伴う観察眼を有することだと考える.作品を作ること,それはアウトプットである.

冒頭のカレー屋の例えを使うと,カレー屋(研究者)は専門としてカレー(論文)を提供する.そうなると研究者の作品はラッシーである.ラッシーに限らずタンドリーチキンでもよい.あまつさえお店に飾っている手編みのランチョンマットでもカレー屋さんオリジナルのテーマ曲でもなんでもいいのだ.

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私を例にすると,研究に使用しているモチーフの一つに昆虫がある(右のイラスト).私にとって昆虫の存在は,自分の見てないところで増殖している可能性や口に入るかもしれないという,ただ漠然としたなんとなく,こわいという恐怖感がある.有名な過去の作家の例をあげると,ファーブル昆虫記がある.ファーブルの用いた表現では,狩りをする虫を「頭脳派の殺し屋」「新鮮な肉を好む鬼」自然現象である捕食行為にも「殺戮」などといったとても主観的な視点を含んでいる数々の擬人的な隠喩は,恐怖や嫌悪感,ユーモアや同情,そして興味をかきたてる驚きや魅了に至るまで広い領域で筆を走らせる作風が魅力である.夏場冷蔵庫に入れ忘れて3日経ったシチューの鍋を開けたくなるような,魅惑と嫌悪の二律背反する視点に心惹かれる.

では,作品を作るのに必要なインプットと観察眼以外のことは何か.それは欲求である.月並みであるが,いつ,どの時代でも「欲求」は「自分の好きなこと,表現したいこと」よりもずっと前にあるものだ.そこから普段見ているニュースや論文,映画,写真,漫画の面白いと感じる部分を「なぜ面白いのか」「自分がどう表現できるか」を常に考えて,要素を分解するところから始まる.手段は後からいくらでもついてくる.

見えていなかった真実をデータが勝手に示してくれる研究と似たように,どんなに押し殺しても漏れ出てしまうのが個性であるため,続けているうちに自ずと個性というものは確立されていく.

型に嵌めずもっと自由で,なんでもいいのだ.きっともう私たちの中には気づかないうちに大量の感じたこと,知識といった十分量の具材はすでにあるのだから.

今日から,あなたのもつ知識,経験,観察眼を煮詰めたカレーだけではなく,私と一緒にラッシーでも作りませんか.

後藤 聡(東京農工大学農学府2年 生物生産科学プログラム)

※実験医学2022年11月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2022年11月号 Vol.40 No.18
脳をしなやかに制御するミクログリアと脳内免疫系
見えてきた起源と多様性、創薬標的の可能性

増田隆博/企画
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