[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第168回 地球冷却微生物を探せ―シチズンサイエンスの挑戦

「実験医学2024年6月号掲載」

2年ほど前からシチズンサイエンスを主催している.シチズンサイエンスとは,職業研究者ではない一般の市民の方々が行う科学研究のことである.市民が個人やグループで主体的に行う研究もあるが,職業研究者や研究機関と協力して行われることもある.近年の科学研究は高度な技術や高価な測定機器を用いることが多いが,観察や採取といった平易な(それでいて重要な)実験方法であれば誰でも簡単に参加できる.いろいろな分野の研究で実施されており,市民の参加方法や研究への関わり方もさまざまである.私たちが主催する「地球冷却微生物を探せ」は,地球温暖化の原因となる温室効果ガスを減らすことを目的として2021年12月に始まったシチズンサイエンスプロジェクトである.

温室効果ガスの一種である一酸化二窒素(N2O)は,大気中の濃度は低いものの二酸化炭素と比べて約300倍の温室効果があり,窒素肥料が投入された農地の土壌から特に多く発生する.私たちの研究室では微生物を利用したN2O発生削減技術を開発しており,より強力なN2O消去能力をもつ微生物を見つけたいと考えた.ほとんどの土壌からはN2Oが放出されるが,ごく稀にN2Oを吸収する土壌が報告されている.そんな土壌には強力なN2O消去微生物がいると予想される.そこで,さまざまな場所から土壌を集めてN2Oの放出・吸収と微生物叢を調べ,N2O吸収にかかわる微生物を見つけ出せないかという案が出た.ちょうど自動で多サンプルのN2O濃度を測定できるガスクロマトグラフが研究室に設置されたことが契機となった.とはいえ,私たちだけで集められる土壌の数はたかが知れている(高度な技術と高価な機器は測定や分析のスループットを著しく高めたが,サンプル収集がボトルネックになったのは間違いない).そこで考えたのが,全国の一般の方々に協力してもらってサンプルを集める方法である.

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プロジェクトには誰でも参加できる.それぞれが好きな時と場所を選んでサンプリング計画を立てて実験を申し込むと,必要なキット一式が送付される.参加者は同梱のマニュアルやweb上の動画を参考にして,土を採り,気体を採り,場所や時間,植生の情報などを記録する.私たちは返送された気体と土壌を分析してN2Oの放出速度と微生物叢を調べ,レポートを作成して参加者に送る.参加者が行う実験,じつはけっこう手数が多くて複雑な作業である.その辺の土を採って送るだけならもっと簡単だが,もし私がこのプロジェクトに参加するとしたら,それでは満足できないだろう.現場で気体を採取した方が土壌のN2O放出速度を正確に測定できるのはもちろんだが,参加者の方々に実験のやりがいや楽しさを感じてほしいと思う.どんな土壌を採るか考え,実際に手を動かし,そこから得られた結果を見ることで,地球温暖化や土壌微生物についてより具体的に,身近に考えるきっかけになれば幸いである.2024年3月現在,全国から1,000人を超える参加者と約2,500個のサンプルが集まった.最初はSNSや口コミで参加者を募っていたが,テレビ番組の取材や研究関連のイベントへの出展で徐々に参加者が増えている.2024年度も引き続き参加者とサンプルを募集中なので,読者諸氏のご参加をお待ちしている.

大久保 智司(東北大学大学院 生命科学研究科)

※実験医学2024年6月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2024年6月号 Vol.42 No.9
胚モデルから解き明かすヒト初期発生
多能性幹細胞と非ヒト霊長類を用いて“形づくりのブラックボックス”に挑む

髙島康弘/企画
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