[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第178回 研究者の妊娠・出産―学生出産という選択肢

「実験医学2025年4月号掲載」

いかなる職業においても「いつ子どもを産むべきか」は究極の問題である.特にアカデミアの女性研究者にとって,この悩みは深刻だ.その理由の1つに,博士号を取得できるのは通常27歳前後であり,研究者としてのキャリアの礎を築くのに重要な時期が出産適齢期と被ることがあげられる.

筆者・辰本は,学部4年から学生出産を検討しはじめ,修士2年で結婚,博士3年で出産した.学生時は博士号取得後と比較して,若く体力がある,時間の融通が利く,産休取得の義務がなく研究中断が生じない,研究の進捗が遅れた場合のリスクが少ない等のメリットがあると考えたからだ.さらに,博士号取得後すぐに留学したい,けれども初産は日本で経験したい,という気持ちが学生出産への決意を後押しした.周りに学生出産の事例はなく不安もあったが,綿密な計画と準備により,出産と博士号取得を果たすことができた.これから子どもを望む学生の参考になればと思い,どのように準備を進めたのか紹介する.

①妊娠生活と学業の両立:辰本の研究は,老齢マウスの生化学・組織学解析を主軸とし,実験時間を多く要した.そこで,妊活前に「妊娠中ずっと実験ができずとも博士号取得要件を満たせる」程度の準備を整えた.まず,学部4年の研究室配属直後から博士号取得まで一貫した長期テーマを選び,ハイペースで実験を進めた.次に,テーマを細分化して早期にまとめ,査読つき国際論文のアクセプトを博士1年目に完了させた.また,妊娠中はお腹の子への影響を考慮し,動物や有機溶剤を使用する実験を控え,データ解析や論文執筆等を中心とした研究計画を立てた.学会発表は,日帰り参加できる距離かつ会場周辺に産科があるものに絞り,開催日直前の体調をふまえて主治医に許可をもらい参加した.

[オススメ]申請書の書き方を中心に,応募戦略,採択・不採択後の対応などのノウハウを解説.

「科研費獲得の方法とコツ 改訂第8版」

②出産育児費用の工面:辰本は社会人の夫と結婚したが,生活基盤をより安定させるため,自身も収入を得ることをめざした.学生の経済支援制度(本コーナー第172回参照)に申請し,博士1年から生活費相当の収入を確保した.さらに博士2年の秋に,翌年度からの学振DC2採用が決まり,留年した場合の保険ができたことで妊活を開始した.また,医療保険の加入や地方自治体の出産育児支援制度の申請により,出産費用を抑えた.

③周囲への理解と協力の要請:博士3年への進級前(妊娠3カ月頃)に,研究や学位審査の関係者へ,休学せず博士号を取得する意志と出産予定日を伝えた.早めの妊娠報告により,安定期前から動物管理や廃液処理等の危険を伴う作業が免除され,勤務時間や学位審査の時期を体調に合わせて設定してもらうことができた.また,夫には大方の家事の負担と育休取得をお願いした.さらに,義実家の近くに引っ越して家族からも絶大なるサポートをいただいた.周囲の協力なくして学生出産は不可能なため,日頃から良い人間関係を構築しておくことが大切である.

注意点として,綿密な計画と準備は重要であるが,妊娠中は心身ともに負担が大きく,必ずしも順調に事が進むとは限らない.辰本の場合,つわりのピーク時は寝たきりになり,ピーク後も出産まで吐き気が続いたり,(結果的に異常はなかったが)子どもに先天性疾患の可能性が浮上して遠方の病院に通ったり,予定日より3週間も早く破水して緊急帝王切開での出産になったりと,予想外のハプニングが多々あった.

このような周産期問題に対し,冒頭で述べた学生出産のメリットは大きい.特に,デスクワーク時間が増える博論執筆期間は,体調に合わせてスケジュール管理が可能であり,妊娠生活との相性がよいと感じた.「いつ子どもを産むべきか」の最適解は人それぞれ異なるものの,学生出産は選択肢の1つになると考える.

辰本彩香,河田紗弥(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2025年4月号より転載

Prev 第178回 Next

本記事の掲載号

実験医学 2025年4月号 Vol.43 No.6
特集1:多細胞の合成生物学 発生・分化機構を知って、創って、利用する/特集2:まずはCondaではじめよう 仮想環境で試せるバイオインフォマティクス

戸田 聡,新海典夫/編
サイドメニュー開く