- [SHARE]
- ツイート
5文章に一貫性(Coherence)を持たせる:
プライミング効果,初頭効果,新近効果
ここまでの内容をすべて読んでくださった方は,ライティング技術に関する未開の地を進んできたような気分だったかもしれないが,ここからは仲間とともに旅慣れた水域へと漕ぎ出そう.これ以降で扱うのは,昔習ったが長らく忘れていたであろう,主題文(thesis sentence)やトピックセンテンス(topic sentence)といったものであるが,これらには意外に重要な役割があるのである.念を押すことになるが,文同士のつながりと同じように一貫性に関する原則も,読むという行為のうちの推論処理のフェーズに関連するものである.
どんな文章を読んでいる場合でも,私たちの潜在意識はたくさんの情報を集めている.掲載されたジャーナル名や,欄外の見出しに書かれている記事のタイプ,タイトル,アブストラクト,そして著者の名前など,これらはすべて貴重な情報であり,私たちは驚くほどこのような情報に依存しているのである.20世紀のはじめ,文芸批評家のアイヴァー・リチャーズは,詩からタイトルや著者名を排除してから,ケンブリッジ大学の学部生にそれらの解釈をさせた.すると彼らは,苦しんで格闘したものの,ほとんど解釈できなかったため,リチャーズはすっかり嫌気がさしてしまった.これを機に,彼は「ニュークリティシズム」を掲げて,文芸批評に関する学派を立ち上げた.文学研究の目的を文章に忠実に読むことに立ち返らせることで,ケンブリッジ大学という立派な環境において研究をしていたにもかかわらず,悲しくなるほどほとんど詩の意味を理解できなかった学生たちを救済しようと考えたのである(Richards, 1930).だが実は,リチャーズは偶然にも,学生たちの詩を解釈する技量とはまったく無関係の,もっと違うことにも気づいていた.彼は,プライミング効果が推論処理や読解能力に大きな影響を及ぼすことを発見したのである.
研究者たちが見つけたこのプライミング効果は,ある種の強力な潜在学習(訳注:意図せずして生じる学習のこと)である.ある短文のリストを何気なく見せられて数秒後にそれを思い出すように言われた読み手は,短文を同じように何気なく1度だけ見せられた読み手よりも,より正確にその短文を思い出すことができ,さらにその効果は数時間後まで持続していたという(Chang, Dell, Bock et al., 2000).ただし,記憶に対するプライミング効果がはたらいていない状況でも,これから説明する一貫性に関する原則がはたらいていれば,この原則が文脈についての手がかりをしっかりと与えてくれ,読み手が内容に関して行う推論を強化してくれる.データが掲載されているのが,Nature Genetics誌なのかMedical Hypotheses誌なのか知らずに論文を読むことを想像してみてほしい.あるいはある論文の最初のパラグラフが,腎臓病学なのか,消化器学なのか,はたまた薬理学のジャーナルに掲載されたものか,知らずに読むとしたらどうだろうか.ジャーナルのタイトルや欄外の見出しといった本文以外から得られる文脈によって,私たちが情報にフィルターをかけていることがわかるだろう.たとえば,プロトンポンプ阻害剤(PPI)と慢性腎臓病の関連について述べているパラグラフであっても,それがどこに掲載されているかによって,言及する内容やフォーカスする点の枠組みが異なるのである.仮にそのパラグラフが,薬理学のジャーナルに掲載された論文のイントロダクションにあった場合であれば,それぞれのタイプのPPIが代謝を受けるシトクロムP450経路やその経路に関連した有名な薬物相互作用,CYP2C19の遺伝的多型といった内容になるだろう.一方で,腎臓病学のジャーナルであれば,先ほどと同様にイントロダクションの一節であったとしても,PPIの慢性使用と急性間質性腎炎を関連づけるメカニズムについて重点的に説明するものになるだろう(Lazarus, Chen, Wilson et al., 2016).また,消化器学のジャーナルに掲載された論文であった場合には,H2受容体拮抗薬などのPPI代替薬の慢性使用に関する副次的な利益とリスクや,このような代替薬にはPPIの使用で生じるような急性腎障害との関連がないことについて,集中的に書かれるはずである.どんな場合であっても,はじめに主張点や研究の焦点,仮定に関する枠組みを決めておけば,それがすべての文とパラグラフに浸透していくため,転換語などなかったとしても,読み手は暗黙のうちにどんな情報が書かれているのか推測し,どの文同士が必然的なつながりを持っているのかに気づくのである.
アイヴァー・リチャーズは,期せずして,文章の枠組みやプライミング効果が,文章の理解において中心的な役割を果たしていることを発見した.文脈を判断するための重要なこの情報を読み手から奪ってしまうと,読み手が文章を読んで正確に内容を解釈する能力が,バラバラに解体されてしまうのである.もちろん,トピックセンテンスや主題文について教えてくれた中学校の教師は,読むという行為の裏に隠された認知プロセスについて知らなかっただろうが,私たちはよい文章を書くために重要なこの原則についても一歩進んで理解しておくべきだ.教師たちが教えてくれたことは,読み手が文章やパラグラフを理解するために中心的な役割を持っていて,かつ非常に便利なものであることは間違いないのである.
一貫性に関する原則その1:パラグラフの冒頭部分を意識する
多くの人が,トピックセンテンス(topic sentence)というものなど,とうの昔に忘れてしまったかもしれない.これは,パラグラフのはじまりに置かれる収まりのよい短文で,パラグラフ全体を凝縮したような気の利いた文のことだ.しかし,トピックセンテンスがその目的を達成するには,いくつかの文に分ければ楽に書ける内容を,無理やり1文に押し込まなければならない.トピックセンテンスにこだわらなくても,パラグラフの冒頭部分をうまく使えば,トピックセンテンスと同等の利益を読み手に提供することができる.つまり,パラグラフの出だし部分を利用すれば,パラグラフの内容に関するプライミング効果を与えることができるのだ(Brown, 1982).冒頭の数文を如才なくまとめておくことができれば,それがパラグラフ全体の骨子や対象範囲についてのわかりやすく端的なサムネイルになるからである.パラグラフのはじまりに置かれた一連の文が,注意をパラグラフの細部にまで集中させ,もっとも優先度の高い情報を思い出す手助けをしてくれるのだ.
また,トピックセンテンスを使う場合と違って,パラグラフの冒頭部分は,最大で3文にわたってもよい.最初の文を,前のパラグラフから内容を滑らかに移行させるために利用することも可能だ.また,引き続く内容の全体像をカバーするために1〜2文を割いてもよく,これは特に,パラグラフが長い場合や複雑な場合に有効な方法である(Williams, Taylor, and Ganger, 1981).ただし,1文であるか3文であるかにかかわらず,いいパラグラフを作り上げるためには必ず守るべき2つの基準がある.1つ目は,同じパラグラフの内容のみを冒頭部に書くべきであり,それ以降のパラグラフの内容について触れてはいけないということである.もし冒頭部で急性腎不全の原因因子を3つ紹介しておきながら,パラグラフ内で1つ目の原因因子にしか触れなかったら,読み手はパラグラフ内を急いで逆戻りし,どこで注意力を失って残りの2つの因子を見逃したのだろうと考えることになる.2つ目の基準は,冒頭部分はパラグラフのはじめの3分の1以内に収めなくてはいけないということである.読み手は,あくまでも冒頭部の記述(またはトピックセンテンス)がパラグラフのはじまりにあることを期待しており,まさか3分の2にもわたって書かれているとは思わないからだ(McCarthy, Renner, Duncan et al., 2008).このようなポイントを守らないと,読み手が「文脈を読み取る」モードや「理解を構築する」モードに入ってしまうため,パラグラフ冒頭部の目的は達成されないことになる.
一貫性に関する原則その2:
Head-Body-Foot構造を使ってパラグラフをしっかりと編み上げる
文の終わりに生まれる新近効果の役割を覚えているだろうか? この効果は,パラグラフの終わりでも強い影響力を発揮することができる.特に,多様な議論が絡む主張や複雑なことを書く場合,パラグラフの最後の文(Foot)が,そこに要約されている要点に読み手の注意を引きつけることになる.しっかりとしたパラグラフであると読み手に印象づけるには,何よりも構成が重要だ.そのパラグラフで発展させるメインの内容を冒頭部(Head)で大まかに予告し,エビデンス(データ,統計,他の研究)とともに具体的内容をパラグラフの中央部(Body)に書き,読み手にもっとも明瞭に思い出してほしいポイントを最後の文(Foot)に要約して締めくくるのがよい.またこの構造を使うことで,読解におけるプライミング効果,初頭効果,新近効果を手軽に強化することができる(Yore and Shymansky, 1985).
経験豊富な研究者たちは,特にセンシティブな問題を扱う際に,このHead-Body-Foot構造を活用している.Alberts, Kirschner, Tilghmanら(2014)は,前にも触れた論文の中で,米国における医学・生物学研究の制度に一石を投じるような批評を行っているが,そのパラグラフ内でHead-Body-Foot構造を使っている.
The development of original ideas that lead to important scientific discoveries takes time for thinking, reading, and talking with peers. Today, time for reflection is a disappearing luxury for the scientific community. In addition to writing and revising grant applications and papers, scientists now contend with expanding regulatory requirements and government reporting on issues such as animal welfare, radiation safety, and human subjects protection. Although these are important aspects of running a safe and ethically grounded laboratory, these administrative tasks are taking up an ever-increasing fraction of the day and present serious obstacles to concentration on the scientific mission itself.
最初の下線を引いた文がHeadに相当するもので,パラグラフのトピック,つまり科学的なブレイクスルーに時間がどのような役割を持っているのか,ということについての予告を行っている.このトピックを発展させているBodyの部分では,研究費や論文を確保しなければならない研究者たちのプレッシャーが増加していることや,研究の実施や報告に関する管理義務や規制の要求が増え続けていることを挙げて,医学・生物学研究者にとっては時間がいくらあっても足りないということを説明している.下線を引いた最後の文がパラグラフのFootであり,研究者たちの時間がどんどん切り刻まれていくことの影響や,同僚たちと問題についてよく考えたり,広く文献を読んだり,新しい仮説を検討したりといった,科学研究にとって価値のある時間についての話題へと戻ってきている.
著者プロフィール
- イエローリーズ・ダグラス(Yellowlees Douglas, PhD)
- フロリダ大学のビジネススクール(Warrington College of Business)の准教授で,マネージメントコミュニケーションを教えている.また,以前には同大学のClinical and Translational Science Instituteで教員を務めた経歴も持つ.
- マリア・B・グラント(Maria B. Grant, MD)
- アラバマ大学で,優秀な眼科学の研究者に贈られるEivor and Alston Callahan記念眼科学寄付講座の教授.30年にわたって医学研究の実績を積み重ね,200を超える査読付き論文を発表し,12の特許を持っている.