第5回読み手の脳に情報を流し込む技術
文の間につながりをつくり出すには
他人が書いた文章を読んで,次のように感じたことはないだろうか.「1文1文の意味は理解できるのに,なぜか次の文,次の文へとスラスラ読み進むことができず,内容があまり頭に入ってこない.」読み手にこのような苦しみを与えてしまう文章には,「文と文のつながり」が欠けている.つまり,1文読むごとに話題がコロコロと変わっていくように感じられ,読み手が一貫したメッセージを受けとることができないのだ.多くの人は,読み手としてこのような苦しみを味わったことがあるはずなのに,いざ書き手側になってみると,どうしたらいいかわからないというのが正直なところだろう.
そこで今回は,文と文の間につながりをつくり出すことができる,シーケンシング(sequencing)というテクニックを紹介する.このテクニックを使いこなせるようになると,読み手の脳に情報をツルッと流し込めるような,なめらかな文章を書けるようになる.論文に限らず,文章を書く場面では幅広く役立つ技術なので,ぜひ多くの人に習得していただきたい.
シーケンシングの形式とコンセプト
シーケンシングとは,その名の通り,情報の配列に関するテクニックである.まずは,図に示した例文を見て,具体的なイメージをもっていただきたい.ポイントは,「ある文の後半に登場した単語が,次の文の前半で再び登場する」ところである.例えば,第1文の後半に登場した「おじいさん」という単語は,第2文の先頭でも使われている.また,第2文の後半の「竹をとりながら暮らしていた」という情報は,少し形を変えて第3文の前半に再度書かれている.このように,同じ単語を鎖のようにつないでいくことで,文と文の間につながりをもたせる手法がシーケンシングだ.
この手法を使って文章を整えると,自然な形で情報を伝えることができる.ここでいう「自然な形で」というのは,「普段私たちが気軽に会話をするときと同じように」という意味だ.私たちが会話のなかで何かを伝えようとするときには,多くの場合,相手が「知っていること」と「知らないこと」を組合わせて伝えている.例えば,「web会議で行うことになりました」と急に言われても何のことかわからない.伝えたいことをきちんと理解してもらうには,「セミナーは講堂でやる予定でしたが,web会議で行うことになりました」のように,すでに互いが知っている情報をはじめに提示しないといけないのである.シーケンシングは,まさにこの作業を,文章においてやっているものと考えてもらえればよい.つまり,文の前半において読み手と書き手の共通認識を固めてから,文の後半で新しい情報(伝えたい情報)を提示する,という作業を繰り返しているのである.この意味においてシーケンシングは,読み手と書き手の間に「自然な」コミュニケーションを生み出してくれるテクニックといえるのだ.
シーケンシング:実践編
では,シーケンシングが具体的にどう役立つのか見てみよう.まずは,次の文章を読んでみてほしい.
マウスに麻酔をかけて肝臓を摘出した.この肝臓サンプルからRNAを抽出する際には,キットAを用いた.その後,抽出したRNAを使用して遺伝子発現量を測定した.
下線を引いた第2文に注目してみよう.この文の冒頭は,「この肝臓サンプルから」という言葉ではじまっており,第1文で新たに提示された情報をしっかりと引き継いでいる.ここまではよいのだが,問題は後半である.第2文の文末を見ると,「キットAを用いた」となっているが,この情報は書き手が本当に伝えたかった「新しい情報」だろうか.文章の流れから考えて,おそらく違うだろう.使用したキットがどんなものであれ,「RNAを抽出したこと」のほうがここでは重要なはずである.第2文を次のように変更すると,この違和感が解消される.
マウスに麻酔をかけて肝臓を摘出した.この肝臓サンプルから,キットAを用いてRNAを抽出した.その後,抽出したRNAを用いて遺伝子発現量を測定した.
下線部の語順を変えたことで,情報が文章全体を通して淀みなく流れるようになった.「肝臓」や「RNA抽出」という単語が文同士を鎖のようにつなげることによって,文章全体として「マウス→肝臓→RNA抽出→遺伝子発現量」という大きな流れが生まれたのである.
また,シーケンシングを意識しながら語順を考えると,「本当に伝えたい情報」が浮かび上がってくることがわかると思う.この例でいうと,「キットAを用いた」よりも「RNAを抽出した」のほうがより「伝えたい情報」であると,語順を入れ替える過程で自然と判断できるのである.この効果も,シーケンシングの利点の1つといえる.
ただ,この例だと,シーケンシングによって読み手の負担がそこまで大きく軽減されるとは思えないだろう.では,次の文章はどうだろうか.小さな違和感がいくつも重なると,読み手にとって非常にストレスフルな文章ができあがってしまうことを理解していただけると思う.
われわれは,治療薬Xが疾患X′にみられる炎症を軽減するという仮説を立てた.遺伝子Yの発現上昇が,頭痛や筋肉痛といった典型的な症状につながっているとされている.疾患X′のモデルマウスを用いた研究では,治療薬Xの有効性が示されている.疾患X′に苦しむ患者のQOLを改善するには,炎症の軽減が不可欠である.
多くの人は,文と文の間に関係性を見出せず,目線が何度もいったり来たりしたことだろう.ここに示したのは決して大げさな例ではなく,同じような文章を書いてしまう人は意外と多い.
では実際に,シーケンシングを利用して文章を改善してみよう.まずは,伝えたい重要な要素を抜き出してみる.この例では,「治療薬X(の有効性)」,「疾患X’」,「炎症」,「遺伝子Y(の発現上昇)」などが重要な要素といえるだろう.そして,これらの要素がなるべく文頭や文末に来るようにしながら,情報の順番を入れ替えていく.一例として,筆者が考えた修正案を次に示す(文と文をつないでいる要素には下線を付した).
疾患X′に苦しむ患者のQOLを改善するには,頭痛や筋肉痛といった症状を引き起こす炎症の軽減が不可欠である.疾患X′でみられる炎症には,遺伝子Yの発現上昇が関与しているとされる.この遺伝子Yの発現上昇は,治療薬Xによって抑制されることが知られており,疾患X′のモデルマウスを用いた研究でも治療薬Xの有効性が示されている.そこでわれわれは,治療薬Xが疾患X′にみられる炎症を軽減するという仮説を立てた.
このようにシーケンシングは,情報をどの順番で提示するか考える際の指針にもなってくれる.はじめは難しいかもしれないが,パズルのように楽しみながら単語を並べかえてみよう.うまくはまったときには,非常に読みやすい文章ができあがっているはずだ.
おわりに
今回は,文章に流れをつくることで読み手の負担を減らすことができる,シーケンシングというテクニックを紹介した.このテクニックを習得すると,一読して「うまい」という印象をもってもらえるような,なめらかな文章が書けるようになる.文と文のつながりは文章全体の読みやすさを大きく左右するので,今回の内容をぜひ論文執筆に役立てていただきたい.次回,最終回では,査読者の批判をうまくかわす秘訣を紹介する.
- 日本語と英語では,文章構造が根本的に違うように思います.英語で文章を作成するときのコツはありますか?
- 日本語と英語の間には,たしかに「文法」の差があります.しかし,情報をわかりやすく伝えるための「文章構造」には,言語間で大きな差はないように思います.なぜなら,本文にも示しましたが,言語によるコミュニケーションというのは,「相手の知らないことを1つ1つ教えていく」プロセスであり,この点について言語間に違いはないからです.また,この連載で過去に取り上げてきたテクニック(パラグラフの構成法や悪文を書かないためのルールなど)も言語を超えて有効です.実際に筆者も,これまで紹介してきたテクニックを日英両方の文章作成に利用しています.
- ライティングの指南書を読んでいると,受動態よりも能動態を使うべきという記載をよく目にします.実際には,能動態・受動態どちらを使うべきでしょうか?
- どちらかに統一する必要はありません.自然な文章になるように状況に応じて使い分けてください.例えば,直前の文で,ある酵素Aについて触れたのであれば,「酵素Aはタンパク質Bをリン酸化する」という書き方の方が自然です.逆に,タンパク質Bの説明を直前にしたのであれば,「タンパク質Bは酵素Aにリン酸化される」という表現がいいでしょう.このような場面でも,今回紹介したシーケンシングが1つの指針になります.
著者プロフィール
- 著/布施雄士(メディカルライター)
- 大学在籍中,論文執筆に苦しむ研究者を多く目にし,研究という仕事に「ライティングスキル」が不可欠であることを知る.文章という側面から研究をサポートするため,学位取得後にフリーランスとして独立.これまでに,医薬品のプロモーション資材から学術論文まで,生命科学に関する幅広いジャンルのライティングや翻訳を手がけている.専門は動物生理学および分子生物学.医学博士,獣医師.
- 協力/株式会社アスカコーポレーション
- 医薬・薬学分野を専門とし,メディカルライティング,翻訳,編集などのサービスを提供.「コトバも,医療技術と考える」をコンセプトに,お客様の様々なニーズに対応している.米国科学誌Science の日本での総合代理店でもある.