第6回なぜあなたの論文は批判を受けるのか?
批判されやすい文章
査読者から痛烈な批判を受けてヘコんだことのある研究者は多いだろう.「おもしろくない」,「掲載する価値がない」と言われたら誰だって傷つく.だが,冷静に考えてみてほしい.査読者は,わざわざあなたを傷つけようとして,そのようなコメントを返したのだろうか.基本的には,面倒な査読を引き受けてまで他人の論文にケチをつけたい人などいないだろう.つまり,査読者の批判が「不当」なものである可能性は低いのだ.そうだとすると,やはりあなたの論文に問題があったと考えなければならない.
じつは,同じ内容でも,書き方によって批判の受けやすさが変わってくる.多くの人はこのことを知らずに論文を投稿してしまうが,それではまるで戦場に丸腰で飛び込んでいくようなものだ.あなたの研究成果をしっかりと評価してもらうために,批判を回避するためのコツを知っておこう.今回は,考察の書き方とからめてこのコツを解説していく.
守れば守るほど批判を受ける
批判をかわそうとするがあまり,あらゆる角度から理論武装を試みる人がいる.過去の知見を事細かにまとめたり,自分の研究の弱点について長々と言い訳を連ねたりするのである.しかし,私の個人的な印象であるが,このような書き方をすると,かえって痛烈な批判を受けることが多い.その理由は,「本人が実際にやったこと」が「本人がやっていないこと」のなかに埋もれてしまうからだ.
そもそも論文とは,研究者が仕事の成果を発表するために書くものだ.つまり,研究者本人が実際に発見・解明したことだけを基本的には書けばよく,他人の研究を引き合いに出して瑣末なことを論じたり,達成できなかったことについて過剰に自己弁護を展開したりする必要はないのである.このように言うと,「先行研究をもっと尊重すべき」とか,「厳密性に欠けた文章になってしまう」といった指摘が来るだろう.このような指摘は,全く妥当である.ただ,「一番」大切なことは何か,改めて考えていただきたい.
くり返しになるが,論文には「本人がやったこと」が書かれているべきであって,他人の仕事やexcuseに関する記述は,スパイス程度に散りばめておけばいい.このスパイスが多すぎると,査読者が「結局この人は何を達成したのか」と首をひねることになり,結果として「掲載する価値なし」という評価が下されるリスクが高まってしまう.逆に,得られた成果ばかり書かれていて,スパイスの部分が足りない論文の場合はどうだろうか.もちろんこの場合も,査読者から痛烈に批判されることはあるだろう.しかし,批判の形としては「あなたの言いたいことはわかった.ただこの部分が足りない」という建設的なものになるだろう.門前払いを避けたかったら,「自分がやったこと」にウェイトを置いて論文を執筆すべきなのである.
考察に何を書くべきか
以上のことを踏まえると,考察のパートに書くべきことは,自ずと明らかである.すなわち考察には,何を差し置いてもまず「〇〇という問題を私が解決した」と書かなければならないのだ.極端に言えば,それ以外のことはすべて補足情報と言っていい.考察の第1パラグラフには,提起した問題が解決したことを明確に記載しよう.この「解決」が,あなたの仕事における最も大きな成果だからだ.
この点は,論文全体の骨格を読み手に理解してもらううえでも重要である.これまで本連載では,論文の骨格を「問題提起→解決」という形にしようとおすすめしてきた.すなわち,「イントロ=問題提起」と「考察=解決」が対応するように全体を構成するのである.この構成が読み手にしっかりと伝わるようにするには,図1に示した例のように,まずは提起した問題に対する答えを非常にシンプルな文章で表現してみよう.この文章に説明を加えて少しだけ内容を膨らませれば,考察の第1パラグラフは完成である.
ただ,もちろん第1パラグラフだけで,考察を終わりにするわけにはいかない.では,第2パラグラフ以降には何を書けばいいだろうか.参考になるのは,単行本『成功の戦略と文章術』のなかで紹介されているBMJ誌の指針※である.この指針では,次の5項目を考察に含めることを提案している.
- 主要な発見についての記述
- 研究の強みと弱み
- 他の研究との結果の違い
- 研究の意味:メカニズム・社会的意義
- 未解決の疑問と今後の研究
このうち,1つ目の「主要な発見についての記述」については,再三述べている通り,「問題が解決したこと」を明確に書けばいい.その他の項目については,すべてを記載する必要はないが,一通り考えてみて,論文の厳密性や意義を高めてくれそうな項目から原稿に入れていこう.
考察の構成
では実際に,考察全体の構成を考えてみよう.まずは図2のように,記載すべき項目を短い文章でまとめよう.
それができたら,各項目を登場させる順番を考える.1番目は絶対に「問題が解決したこと」だ.2番目以降に関して厳密なルールはないが,研究の価値を下げてしまう可能性のある「弱み・欠点」は,できれば読み手の記憶に残りにくい位置に置いておきたい.本連載のなかで何度か触れてきたが,文章の最初と最後の部分は,読み手の記憶に残りやすい(プライミング効果,新近効果:連載第1回および第3回参照).逆に考えると,相対的に文章の真ん中付近は印象に残りにくいといえる.『成功の戦略と文章術』では,文章の真ん中付近のことを「デッドゾーン」と表現しており,研究にとってネガティブな情報はこの部分に書くことを推奨している.査読者の記憶に残りにくいため,過剰な批判を招かずにすむ可能性が高いからだ.
順番が決まったら,各項目が1つのパラグラフになるよう,情報を付け加えていこう.このときに使えるテクニックが,Head-Body-Foot構造(詳しくは,本連載第3回参照)だ.イントロと同じように,各パラグラフの内容を補強してくれる論文を引用しながら,議論を膨らませていこう.なお,「弱み・欠点」に関するパラグラフは,最終文をネガティブな形で終えないほうがいい.否定的な表現で締めくくると,「研究が失敗に終わった」という印象を読み手に与えてしまうからだ.例えば,「本研究では,重要な制御因子を特定できなかった」と書くよりも,「制御因子の特定が,今後の重要な課題となるだろう」としたほうが,査読者に与える印象はずっとよい.
おわりに
今回は,査読者に過剰な批判を受けない考察のコツを紹介した.本連載はこれで最終回である.次の論文を書く際には,これまで紹介してきたテクニックをぜひ活用していただきたい.
現状,ライティングには体系化された教授法がないといえる.ゆえに,ライティングスキルは,センスのある人だけが使いこなせる特殊能力であるように思われがちだ.しかし「読みやすい文章」には,読み手に「読みやすい」と感じさせる理由がちゃんとある.そのメカニズムを知り,自分の文章に応用できるよう練習することが,文章執筆上達の近道であると筆者は考える.本連載が,皆さんのキャリアを後押しするものになれば嬉しく思う.
- 自分の研究テーマに先行研究や類似研究がない場合,考察には何を書けばいいですか?
- 類似研究がない場合は,「類似研究がない」,「はじめての報告である」と書いてみてはどうでしょうか.似たような研究が見つからないのは,あなたの研究が独創的だからです.このような研究は,うまくまとめればワンランク上のジャーナルも狙えますので,自信をもって書いてください.また考察には,将来の展望を書くのがいいと思います.例えば,「今回得た知見は,将来〜に役立つだろう」,「今回明らかにしたメカニズムをさらに理解するには,〜を調べる必要がある」といった内容です.
- 実験の内容や結果についてはスラスラと書けるのですが,自分の主張を簡潔に文章化することができません.どのような考え方をすれば,自分の主張をうまく書けるようになりますか?
- あなたの研究のなかで,「わたしは〇〇を発見しました」と言える部分があるか探してください.そして見つかったら,「問題提起→解決」という枠に当てはめてみましょう.つまり,「〜〜という問題があったが,私が〇〇を発見したのでその問題が解決した」という枠にあなたの研究を当てはめてみるのです.ロジカルに考えるというよりは「とんちを利かせる」ようにして考えてみてください.ほとんどの研究が,この枠にうまくハマるはずです.
著者プロフィール
- 著/布施雄士(メディカルライター)
- 大学在籍中,論文執筆に苦しむ研究者を多く目にし,研究という仕事に「ライティングスキル」が不可欠であることを知る.文章という側面から研究をサポートするため,学位取得後にフリーランスとして独立.これまでに,医薬品のプロモーション資材から学術論文まで,生命科学に関する幅広いジャンルのライティングや翻訳を手がけている.専門は動物生理学および分子生物学.医学博士,獣医師.
- 協力/株式会社アスカコーポレーション
- 医薬・薬学分野を専門とし,メディカルライティング,翻訳,編集などのサービスを提供.「コトバも,医療技術と考える」をコンセプトに,お客様の様々なニーズに対応している.米国科学誌Science の日本での総合代理店でもある.