自分のストーリーを語る「物語力」(2008年4月号)のOnline Supplement Material
本誌連載 第4回では,自分の研究を魅力的なストーリーにパッケージングする能力である「物語力」の重要性についてご執筆いただきました.今回のOnline Supplement Materialでは,科学者がサイエンス・コミュニケーションで「物語力」を積極的に駆使することの是非を問う議論の一例をご紹介いただきます.読者のみなさまもご一考いただければと思います.(編集部)
American University School of CommunicationのMatthew C. Nisbet博士らはScience誌のPolicy Forum(http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/316/5821/56)でサイエンス・コミュニケーションにおける物語力の重要性を強調している.Nisbet博士らによると,米国の科学者は地球温暖化,進化・インテリジェントデザイン,ヒトES細胞問題などで世論形成への関与で大きな失敗をしてきた.
例えばCO2の増加が地球温暖化を引き起こすことの危険性を早くから警告していたメインストリームの科学者は詳細な科学データをできるだけ正確に聴衆に伝えようとすることに腐心したため,メディア戦略に長けたエネルギー産業のキャンペーンに一時は完全に敗北しそうになった(ブッシュ大統領の当時の京都議定書不参加表明に象徴される).
エネルギー産業のキャンペーンの一例としては,適度のCO2が植物に必要なことを誇張した「二酸化炭素を一部の科学者は環境汚染源と呼びますが,私たちは命の源と呼びます(Carbon Dioxide: they call it pollution; we call it LIFE)」などの耳ざわりよくパッケージングされたメッセージをCMに流したことがあげられる(参照:http://harvardmedblog.blog90.fc2.com/blog-entry-90.html).
Nisbet博士らは,メインストリームの多くの科学者がもっている,専門的な詳細を含む,科学的に正しい事実と解説を,メジャーなニュースソースを通して伝えれば,いずれは一般の人にわかってもらえると信じる「正義はいずれ勝つ」的考えはあまりにナイーブであると警鐘を鳴らす.
現実には多くの米国人は政治的,宗教的にバイアスがかかっており,メジャーなニュースソースから科学者が期待するような「オーセンティック(信憑性/正統性)」な情報を仕入れたりはしない.したがって,科学者が異なったWorld View(価値観)をもった人々にメッセージを伝えるためには,専門的な詳細を抑え,相手のWorld Viewに戦略的に“Framing(調整)”したストーリーを語ることの必要性をNisbet博士らは提唱している.
この“Framing Science”戦略は賛否両論を巻き起こしている.一部の科学者からは科学的真実を加工する不正直な態度であるとの批判もあり(http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/sci;317/5842/1168b),現在も議論が進行中である.
“Framing Science”戦略に反対する科学者の意見としては「一般聴衆には複雑すぎるいう理由で一部のデータの詳細の説明を意図的に省くことは,科学者として不誠実である」または「科学の本来のおもしろさ・素晴らしさを消してしまう」,つまり
などというものがある.
日本でもサイエンス・コミュニケーターを育成するプログラム等では“Framing Science”戦略の是非についての議論が必要であろう.