特集にあたって 生涯学習者として学び続けるために 舩越 拓(東京ベイ・浦安市川医療センター 救急集中治療科(救急外来部門)部長,IVR 科 部長) 1増え続ける医学情報と“ドラえもん”の強み ドラえもんは22世紀から来たロボットで,さまざまな困難に立ち向かっていきますが,同じロボットである鉄腕アトムと違ってドラえもん自身が強いわけではありません.ドラえもんの強みは直面した課題に対して適切な道具を瞬時に四次元ポケットから出すことで対処できることにあります.しかしながら,そんなドラえもんもポケットの整理を怠ると,怪獣に追いかけられたときに大事な道具が出てこないため,危機に晒される場面が何度もみられます 1). 医師の仕事の1つは,患者さんの直面した臨床的問題に適切な方針を示すことですが,医学の進歩によって求められる知識が増え患者さんの価値観の多様化などによって臨床的問題が複雑化し,解決すべき課題は非常に多くなっています.2011年にDensenは「2020年には73日間で医学情報が倍になる」と予測し2),それから10年が経過し実際に2020年になった今,(幸い)それほどの速度では情報が倍加していることはないようですが,出版される医学論文数は年々増えており,医学情報の新陳代謝のスピードが早くなってきている実感はあります.直近のSARS-CoV-2感染症においてはわずか半年で膨大な論文が発表され,さまざまな情報がものすごい速さで溢れかえりました.加えて,情報の量や速さだけでなく,重要とされた知見が撤回されるなど玉石混交の状態であることを実感できたのではないでしょうか3,4). 長い目で見ても,例えば筆者が学生のころは「心臓の悪い患者へのβ遮断薬は禁忌」であり,「尿量の少ない重症患者へは低用量ドパミンの持続投与」が標準診療として行われていました.しかし今やβ遮断薬は心筋梗塞二次予防のキードラッグとなっていますし,ドパミンのいわゆるrenal doseはICUで口にするのも憚られる有様です5).疾患のガイドラインは数年に一度改訂され,なかには疾患の定義が変わってしまうことさえあります. そう考えるとわれわれは常に新しい知識を取り入れ,自分のプラクティスに応用していく過程を医師としてのキャリアを通して継続していく必要があります. 初期研修中は望むと望まざるとにかかわらず,指導医から多くの知識を与えられ成長できる機会に溢れています.しかしキャリアの最初の数年で学ぶことは,キャリア全体で身につけることのたった数%に過ぎず,その知識だけで医師の学習期間が終わるわけではありません.むしろ中堅になっていけば答えのない問いに答えを出さなければならない場面が増え,それには“わかっていない”ということがわかるほどの知識の積み重ねが重要になるのです. しかし積み重ねられた知識をすべて暗記することは到底不可能です.知識を積み重ねるのと同時に求められているのは,必要なときに必要な情報をすぐに出せる,情報を整理する力です. 2本特集のねらい そこで本特集では臨床的疑問が想起され,医学情報を収集し,整理するまでの流れをどのようなツールでできるのか,具体的かつ実践的にまとめました. 総論においては,日頃の臨床で浮かぶ問題点や疑問をbackground questionとforeground questionに区別しそれぞれにどのように向き合うか,各論では医学情報の検索や整理によく用いられているツールの使用方法が具体例を交えて語られています. コラムのテーマとしては,聞きたくてもあまり聞いたことのない一見古いツールとされがちな成書の使い方,取り扱いには注意が必要となる企業からの情報提供,玉石混交のネット上のフリーなまとめとの付き合い方,をあげています. 医学知識を魚に例えて「魚を与える(知識のみ)のではなく魚の釣り方(勉強のしかた)を教えよ」という格言はありますが,実際の教育現場で魚の釣り方を教えてもらえる機会は限られています.また,いろいろなツールが溢れているなかで,それぞれに詳しい人の話をまとめて聞く機会もなかなかないのではないでしょうか. 本特集がそのガイドブックとなり,適切な情報を瞬時に取り出せて問題解決ができるドラえもんのような医師になる一助となれば幸いです. 引用文献 「ドラえもん」(藤子・F・不二雄/著),小学館,1969-1996 ensen P:Challenges and opportunities facing medical education. Trans Am Clin Climatol Assoc, 122:48-58, 2011(PMID:21686208) Mehra MR, et al:Cardiovascular Disease, Drug Therapy, and Mortality in Covid-19. N Engl J Med, May 1:NEJMoa2007621, 2020. Retraction in:N Engl J Med, Jun 4, 2020 (PMID:32356626) Mehra MR, et al:Hydroxychloroquine or chloroquine with or without a macrolide for treatment of COVID-19:a multinational registry analysis. Lancet, May 22:S0140-6736(20)31180-6, 2020. Retraction in:Lancet, Jun 5, 2020. Erratum in:Lancet, May 30, 2020(PMID:32450107) Bellomo R, et al:Low-dose dopamine in patients with early renal dysfunction:a placebo-controlled randomised trial. Australian and New Zealand Intensive Care Society (ANZICS) Clinical Trials Group. Lancet, 356:2139-2143, 2000(PMID:11191541) 著者プロフィール 舩越 拓 Hiraku Funakoshi東京ベイ・浦安市川医療センター 救急集中治療科(救急外来部門)部長,IVR科 部長 多くの初期研修医,専攻医に囲まれながら,彼/彼女らの成長を見守ると同時に,自分が時代遅れにならないように生涯学習にもがく日々を送っています.この特集を誰よりも待ち望んでいたのは他ならぬ自分かもしれません.