特集にあたって 特集にあたって 松原知康(広島大学 脳神経内科) 1われわれはどんなときに見逃すのか? 救急外来で見逃したくない,失敗したくない! 誰しも思うことです.私もそう願いながら救急診療に従事してはや10年が経過しました.そんな自分の経験を振り返ってみると,救急外来での見逃しに一定の傾向があることがわかりました.救急外来で診断を誤るのは,名前を聞いたこともないような稀な疾患に出会ってしまったという場合よりも,誰でもよく知っている疾患がちょっと変な姿(症状・経過)をして現れた,という場合の方が圧倒的に多いのです.言い換えると,私たちの失敗パターンの多くは,「なんですかそれ?」ではなく,「え?まさか!」であるともいえます.本来知っているはずの疾患ですので,診断に必要なデータを適切に集めることができれば,もっと言うと,その疾患と疑うことさえできれば,上手く対応できたはずなのです.つまり,それぞれの疾患の症状や経過がどのように変化しうるのかを知っているか否か,ここがポイントとなります.実は,この変化のパターンは大きく2つに分けることができます.それがミミックとカメレオンです. 2ミミックとカメレオン ミミックといえば,某有名ロールプレイングゲームに登場するキャラクターを想像される方もいらっしゃるかもしれません.あたかも宝箱のような姿かたちをして鎮座しているけれども,実は致命的な罠であるといったものです.医学の文脈におけるミミックとは,「頻度の高い有名な疾患のふりをしてやってくる,まぎらわしい別の疾患」のことをさします.このミミックは必ずしも稀な疾患とは限りません. 一方,カメレオンという動物は,周囲の色と同化し,一見した限りではそこにカメレオンがいると気づくことができないという特徴をもっています.すなわち,医学の文脈におけるカメレオンとは,「誰でも知っている有名な疾患なのに,それと気づけない非典型的な症状や経過をとる場合」をさします. こういったミミックとカメレオンのパターンを知り,「こんな○○は変だ」とか「○○という疾患はこんな経過もとることがある」と知識を整理しておくことは,救急外来での悔しい思いを減らすための1つのよい方法と考えられます.実際に,PubMedで疾患名とともにmimicあるいはchameleonと入力し検索すると,さまざまな疾患について紛らわしかった疾患や病態の報告がいくつも出てきます. 3遭遇頻度と緊急度が高いものから押さえる! 押さえるべきパターンがわかったとしてもいきなりすべてを網羅するのは難しいです.このとき優先的に押さえるべきは,遭遇頻度と緊急性の高いものからです.そこで本特集では,遭遇頻度や緊急性の高い8種類の疾患のミミックとカメレオンについて,私の信頼する経験豊富な先生方に,どのような点で紛らわしいのか,どのように見抜くのかについて解説していただきました.救急外来の酸いも甘いも知っている歴戦の医師だからこそ書ける診断のコツに溢れていると自信をもって,本特集を皆様にお届けします. 参考文献 Nickel CH & Bingisser R:Mimics and chameleons of COVID-19. Swiss Med Wkly, 150:w20231, 2020(PMID:32202647) ↑こんなタイムリーな疾患についてもミミックとカメレオンがまとめられています. 著者プロフィール 松原知康 Tomoyasu Matsubara広島大学 脳神経内科 ミミックとカメレオンのほかにも救急外来には敵が潜んでいます. 忙しいとか疲れているとかめんどくさいとかさまざまな理由で情報収集の精度が下がってしまうことも救急外来の落とし穴となります. つまり,俺の敵は だいたい俺です.(「宇宙兄弟」11巻より)