特集にあたって “呼吸困難”って何だろう:“考えて,動く”ために知っておくべきこと 武部弘太郎(京都府立医科大学 救急医療学教室/京都府立医科大学附属北部医療センター 救急科) 「鼻が詰まったりすると 解るんだ 今まで呼吸をしていた事」 これは,私が好きなロックバンドBUMP OF CHICKENの『supernova』という曲に出てくる歌詞です.普段私たちが無意識に行っている呼吸.それは当たり前すぎる存在でありながら,生命維持にとって必要不可欠な存在でもあります.そんな呼吸も,鼻が詰まることでヒトは不快感を感じ,改めてその大切な存在に気づくのです.…と勝手に歌詞を解釈してみましたが,ここで登場した鼻が詰まることで感じる「不快感」,これこそが今回のテーマである「呼吸困難」です. では,なぜヒトは鼻が詰まると呼吸困難を感じるのでしょうか.引き続き勝手に紐解いてみたいと思います. 1呼吸調節のメカニズム 呼吸は,脳幹部(主に延髄)にある呼吸中枢が,末梢の受容器である機械受容器や化学受容器と連動することで調節されます.気道の刺激や肺の伸展,さらには呼吸筋や胸郭の動きを機械受容器が感じとって,呼吸中枢へ情報を伝え,呼吸中枢から呼吸筋に命令を出すことで呼吸運動が生まれます.化学受容器は中枢と末梢の2つに分類され,呼吸中枢に存在する中枢化学受容器は主にPaCO2の上昇やpHの低下によって刺激され,末梢化学受容器である頸動脈体(総頸動脈分岐部に存在)と大動脈体(大動脈弓に存在)は主にPaO2の低下によって刺激され,呼吸を調節しています. 2呼吸困難のメカニズム 呼吸調節のバランスが崩れた(中枢と末梢の間でミスマッチが生じた)とき,呼吸中枢だけでなく大脳皮質にも情報が伝わり,ヒトは不快を感じます.その不快感こそが呼吸困難です.呼吸困難は主観的な症状でありながら,呼吸の恒常性に異常が生じた場合に引き起こされる症状であり,身体が発する危険信号でもあります.また,「呼吸困難」≠「呼吸不全」であり,過換気症候群に限らずたとえSpO2が100%であっても「呼吸困難」は存在します.呼吸困難を訴えている患者さんに「SpO2が100%だから大丈夫!」と説明しても,呼吸困難が解決するわけではありません. 3「鼻が詰まって呼吸困難」はなぜ起こる? ではなぜヒトは鼻が詰まると呼吸困難を感じるのでしょうか.紐解いてみましょう. 呼吸の際にはまず呼吸中枢から息を吸うように指令が出ます.次に指令を受けて末梢の胸郭や呼吸筋が動くのですが,鼻が詰まっていると平常時よりも呼吸運動の負荷が増します.この負荷の増加量が平常時と比較して10〜20%を超える(ミスマッチが生じる)と脳が検知し,呼吸困難を感じます.そこでのミスマッチの程度や代償の範囲によって呼吸困難を感じる程度も変わります. 4呼吸障害を別の視点でとらえる 「呼吸困難」の原因を考えるときに,「呼吸機能のどこが障害されているのか」をとらえることで病態把握や鑑別診断につながることがあります.ここではSchwartzsteinとLewisが提唱する呼吸困難へのアプローチ方法を紹介します.呼吸機能を中枢からの指令・換気・ガス交換の3部門に分け,それぞれが障害されたときの症状や疾患例をまとめています(表)1).前述した呼吸調節のメカニズムと合わせて考えると,より理解が深まります. 5考えて,動く! ここまでメカニズムを中心に解説してきましたが,ここでは私が呼吸困難診療で大切にしている「考える」と「動く」を紹介します. 1つ目は「考える」です.「呼吸のメカニズムのなかで何が問題なのか」,「どういった病態・疾患に結びつくのか」,などを考えて診療することが大切で,その後の鑑別や検査,さらには診断や治療に結びつきます.マニュアル本に沿って診断を当てはめるだけでなく,呼吸生理や病態を考える習慣をもつことで,より理解が深まります. 2つ目は「動く」です.ときに緊急性が高く,迅速な対応が求められる呼吸困難診療において,ABC(Airway・Breathing・Circulation)が不安定なら,まずは安定化のために「動く」必要があります.病態や疾患を想起しながら,診断がつく前に処置や治療を開始しないといけない場面も出てきます.酸素投与や薬剤使用に加えて,重症例では気管挿管や人工呼吸管理が必要になることもあり,手技の習得や向上も呼吸困難診療には必要になります. 「考える」と「動く」という異なる作業を,ときに同時進行で進めないといけない呼吸困難診療は,決して容易ではありません.しかし,患者が発する「呼吸困難」という危険信号の原因を考え,紐解き,それを治療していくなかで,知識を修得し経験を積み重ねることができます.最初は難しく感じることも多いかもしれませんが,「考える」・「動く」を続けることで必ず成長できます. 6研修医の先生たちに感謝! 今回の特集では,【総論】で診断に結びつくような呼吸困難診療のアプローチについて解説し,【各論】で疾患・病態別のより具体的なアプローチや治療方法,さらには小児診療についても解説します.さまざまな症例を通して「考える」ことを意識してもらいながら,実際の臨床場面ですぐに「動く」ことができるように具体的な対応方法や治療薬も提示しています. 日本の救急診療は,研修医の先生たちの頑張りで成り立っている面があり,今後もそれは続きます.また,救急診療は学びが多い一方で,ストレスを感じることも多いと思います.そんな救急診療の最前線で日々頑張ってくれている研修医の先生たちに,救急医の1人として感謝の意を表するとともに,本特集が少しでも診療や成長のお役に立てれば幸いです. 文献 DeVos E & Jacobson L:Approach to Adult Patients with Acute Dyspnea. Emerg Med Clin North Am, 34:129-149, 2016(PMID:26614245) Burki NK & Lee LY:Mechanisms of dyspnea. Chest, 138:1196-1201, 2010(PMID:21051395) 著者プロフィール 武部弘太郎(Kotaro Takebe) 京都府立医科大学 救急医療学教室/京都府立医科大学附属北部医療センター 救急科 救急医療の魅力を若い世代の先生たちに伝えながら,一緒に勉強させてもらっています.もっと救急医療のことを知りたい・学びたいという方は,私も関わっているEM Alliance(若手救急医の集まりで,HP・ML・SNSで情報発信)にアクセスしてみてください.