レジデントノート:診療方針を決断できる救急患者へのアプローチ〜悩ましい症例のDisposition判断と患者説明がうまくいく、救急医の頭の中を大公開!
レジデントノート 2023年6月号 Vol.25 No.4

診療方針を決断できる救急患者へのアプローチ

悩ましい症例のDisposition判断と患者説明がうまくいく、救急医の頭の中を大公開!

  • 関根一朗/編
  • 2023年05月10日発行
  • B5判
  • 144ページ
  • ISBN 978-4-7581-1698-5
  • 2,530(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり

特集にあたって

特集にあたって

関根一朗
(湘南鎌倉総合病院【湘南ER】)

Dispositionとは何か

アメリカ救急医学会(ACEP)は “救急医療” を次のように定義しています1)

“The initial evaluation, diagnosis, treatment, and disposition of any patient requiring expeditious medical, surgical, or psychiatric care.”
(迅速な内科的,外科的,あるいは精神科的治療を要する患者の初期評価・診断・治療およびDisposition)

どうやらわたしたちは助けを求めるすべての救急患者に,初期評価・診断・治療・Dispositionを行う必要がありそうです.診断や治療は学生時代から何度も学ぶ機会がありますが,Dispositionについてはどうでしょうか? 救急外来で働くわたしたちにとっては,A(Airway),B(Breathing),C(Circulation)の次に大切とも思えるD(Disposition)ですが,それが具体的には何なのか,それをどのように行えばよいのか,なかなか教えてくれる人はいません.

Dispositionを一言で表すなら “方針決定” です.「帰宅 or 入院」を決めることがイメージしやすいかもしれません.このたった2択の方針決定すら,自分で行おうとすると実は難しいのです.「絶対的帰宅症例」と「絶対的入院症例」は存在しますが,救急外来を訪れる患者さんは「絶対的帰宅症例」と「絶対的入院症例」の狭間にあたる「グレーゾーン」であることが多いのです.さまざまな要素をかんがみて,グレーゾーンにいる症例が進むべき道を考える必要があります.救急外来診療というと,ドラマに出てくるような重症患者をカッコよく救命するシーンを思い浮かべてしまいますが,実はグレーゾーンの症例を最適な未来に導くためのマネジメントを悩みながら行っている時間が最も多いのです.この特集は,Dispositionに関する思考過程を,救急外来診療を専門とする医師により言語化したものです.

臨床 “決断” 学

皆さんは診断が好きですか? わたしは大好きです.自分の病歴聴取や身体診察で,目の前の患者さんを困らせている謎を解き明かせたときは素直に嬉しくなります.しかし,救急外来診療では確定診断にいたる症例ばかりではありません.どんなに一生懸命頑張っても「診断」にたどり着けないことがあります.そんなときでもわたしたちは「決断」しなくてはなりません.さらに検査を加えるのか,どんな治療を行うのか,そして,入院したほうがよいのか.それらの決断は,ただ振り分ける仕事ではありません.救急外来で感染症が疑われた症例のDispositionに関して,救急外来から直接ICUに入室した症例は,いったん一般病棟入院や帰宅を経てICUに入室した症例よりも,院内死亡率が低いという報告もあります2).救急外来でのDisposition決断によって患者さんの未来が変わることがあるのです.

いつDispositionを考えはじめるか

救急隊から搬送受入要請の電話がかかってきたとしましょう.

「68歳男性,呼吸困難を伴う胸痛.既往に高血圧と糖尿病あり」

皆さんがこの症例についてDispositionを考えはじめるのはいつですか? 血液検査の結果を見てからでしょうか? 患者さんの家族から「この後どうなりますか?」と尋ねられてからでしょうか? いえ,もっと早い段階で考えるべきです.受入要請の電話をとった時点で,心電図で確認すべき所見は何か,いま病院のカテーテル検査室は空いているか,検査で異常がなくても精査入院すべきかなど,この症例のDispositionを考えはじめます.

アメリカ救急医学学術学会(SAEM)は下記のように述べています3)

“A good clinician thinks about patient disposition from the moment he or she enters the room.”
(優れた臨床医は,患者が診察室に入った瞬間からその患者のDispositionを考えはじめる)

行きあたりばったりで方針決定をするのではなく,診療の早期からDispositionを考え続けることで,患者さんに安全と幸福がもたらされるのです.そして,そのためには,疾患に関する医学的知識だけでなく,患者さんの生活背景を含めた幅広い情報収集や診療が終わった後の患者さんの様子を想像することが必要不可欠です

人間味あふれるDispositionをめざして

artificial intelligence (AI)に代表されるように,疾患の診断精度や治療選択肢は驚異的な速さで進歩しています.わたしたちはそれらに助けられ,ある領域では凌駕されることもあるでしょう.しかし,Disposition決定にはパターン化できない複雑性があります.教科書には書いていない,絶対的な答えもない,それでも,目の前の患者さんを幸せに導くために,担当医であるわたしたちは親身になって寄り添いDispositionを考え続けるのです.

AIにはマネできない,人間味あふれるDisposition決定を一緒にめざしていきましょう.

引用文献

著者プロフィール

関根一朗(Ichiro Sekine)
湘南鎌倉総合病院【湘南ER】
「正しくて優しい救急医療」を日々実践中!「医療をわかりやすく伝えること」も使命と考え,公式SNS(Instagram & Facebook“湘南ER”)の運営や市民対象の医療講演にも注力.2021年出版の書籍“湘南ERが教える 大切な人を守るための応急手当”(KADOKAWA)は,大切な人への贈り物に最適☆

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