特集にあたって 特集にあたって 吉村有矢(八戸市立市民病院 救命救急センター 副所長) 1救急・ERの外傷初期診療 救急外来・ERには毎日たくさんの外傷患者さんが受診します.昨日まで元気にしていた健康で働き盛りの若い人でも,ある日突然に交通事故や不慮の事故などで病院へ救急搬送されてしまうことがあります.研修医として普段は元気に働いている皆さんも,人生で1度くらいは外傷で病院を受診したことがあるのではないでしょうか. 病院を受診する外傷患者の受傷機転,重症度,部位,種類はさまざまです.外傷といえば,意識障害を認める頭部外傷や,大量の腹腔内出血,複雑な四肢開放骨折など,重症で致命的なものが注目されがちですが,これらはほんの一部です.救急外来を受診する外傷患者さんのほとんどは,簡単な診察や処置だけで帰宅できるような打撲・骨折などの軽症の外傷,もしくは入院しても手術などを必要とせずに保存的治療で軽快するような中等症の外傷です.脳神経外科,整形外科,消化器外科,心臓血管外科などの外科系専門医は,手術などの根本的治療を担うことはあっても,このような軽症・中等症も含めたすべての外傷患者さんの初期診療に最初から参加することは不可能でしょうし,多部位にわたる外傷では各専門医の専門外となってしまうこともあります. そんな救急・ERの外傷初期診療の現場では,研修医が初期診療を担当する機会がたくさんあることでしょう.ありとあらゆる患者さんが訪れる救急・ERは,研修医にとって活躍の場であり,それは外傷初期診療も同じです.適切な初期診療を行い,必要に応じて各専門医にコンサルトをしていくことが求められます. 一方で,蘇生や手術など高度な緊急処置が必要になるような重症外傷では,研修医の出番は少ないかもしれません.しかし,一見して軽症・中等症に見えたり,大きな異常がなさそうに見える外傷患者さんのなかにも,実は重篤な外傷や,目の前でどんどん状態が悪化する外傷が隠れていることがあります. 2防ぎえる外傷死(PTD)とは 標準的な治療を適切に行っていれば死亡が回避できたと思われるにもかかわらず,病院前外傷救護,初期診療,検査,手術やその後の治療に問題があって,外傷患者さんが死亡してしまうことを「防ぎえる外傷死(preventable trauma death:PTD)」と呼びます.約20年前には日本全国の救命救急センターで亡くなった外傷患者さんの約4割がPTDであったといわれていました1).その後,PTDを1人でも多く減らすことを目標にして,日本の外傷診療は発展してきました.いまでは「外傷初期診療ガイドラインJATEC」をはじめとする各種のガイドラインも普及し,PTDはかなり減少したといわれています.しかし,残念ながらまだゼロにはなっていません. PTDはドクターヘリで救命救急センターに搬送されるような重症外傷ばかりではありません.むしろ,二次救急病院に救急車で搬送されたり,歩いて救急外来を受診したりするような,重症らしくない外傷患者さんのなかにもPTDのリスクが存在します.「軽い受傷機転だったのに…」「最初は意識もよかったのに,急に…」「CT撮影中に血圧が下がって…」「帰宅した後に,家で…」など,最初は重症ではなかったはずなのにPTDになってしまうことがあります. 3軽症に見えて重症? ピットフォールを回避するためには では,すべての患者さんにJATECの型通りにprimary survey(PS),secondary survey(SS)をやっていれば,それだけでPTDを回避することができるでしょうか? 確かにJATECは,PTDを回避するために標準化された基本的な診療の手順を示しています.しかし,その手順をただ守るだけでは不十分で,一つひとつの手順の裏に隠された,PTDにつながる回避すべきピットフォールこそが重要なのです.PTDにつながる「軽症にみえて重症?」にはパターンがあります.初期診療におけるPTDの原因の多くは,図らずしてJATECの手順を逸脱してしまうことや,重大な損傷を見逃してしまうこと,受傷機転やバイタルサインの過小評価によって診断や処置が遅れてしまうことにあります.過去の症例報告や研究,先人の経験によって,外傷初期診療にはたくさんのピットフォールがあることがわかっていますが,具体的にどのようなピットフォールが隠れているのかは,あまり知られていませんし,JATECにもあまり詳しく書かれていません.救急・ERで外傷初期診療へ確実に対処するためには,JATECの型通りにPS,SSを単調にこなせばよいというわけではありません.軽症に見えて重症な外傷を見逃さず,軽症・中等症に隠れたPTDを回避するためには,JATECの基本の型に加えて,外傷初期診療のピットフォールを知っている必要があります. 今回の特集では,外傷初期診療の現場で活躍しているJATECインストラクターを中心とした経験豊富な救急医の先生方に,外傷初期診療の基本だけでなく,現場の症例でしか学べない教訓症例,ピットフォールを研修医にもわかりやすく伝授していただけるようにお願いしました.研修医は知らない,テキストには書いていない “Behind JATEC” のピットフォールと回避術がたくさん書かれています.PTDの撲滅をめざして,一緒に勉強しましょう! 引用文献 大友康裕,他:重症外傷搬送先医療施設選定には,受け入れ病院の診療の質評価が必須である―厚生科学研究「救命救急センターにおける重症外傷患者への対応の充実に向けた研究」の結果報告―.日本外傷学会雑誌,16:319-323,2002 著者プロフィール 八戸市立市民病院 救命救急センター 副所長救急指導医,外傷専門医,熱傷専門医.東京近郊で生まれ育ちましたが,酷暑の都会を脱出して,はや十数年.青森の地方暮らしがすっかり長くなりました.夏は涼しくて,冬も雪が少なく,新鮮で美味な食に恵まれた八戸で救急研修なんて,いかがでしょうか? 最近は県内の温泉とサウナ,外傷初期診療に潜んでいるピットフォールを研究しています.