特集にあたって 特集にあたって 坂井智達(名古屋大学大学院医学系研究科 地域在宅医療学・老年科学) 1はじめに~筆者の研修医時代を含む体験から 1)高齢者診療に苦労した研修医時代 10年ほど前になりますが,私は地域の中核病院で初期研修をしていました.内科系・外科系問わず,高齢の入院患者さんをたくさん担当させてもらいました.そのなかにはもちろん,自立しておられ成人診療とそう変わらない対応ができる患者さんもいましたが,そうでない多くの患者さんの診療は一筋縄ではなかったです.自宅退院の日程を決めるために面談をした際,患者さんの変わり果てた姿を見た家族から,「このままでは自宅には連れて帰れない」と言われ,そこからどたばたとソーシャルワーカーに相談したことがありました.はたまた,ADLが落ちないようにとリハビリテーションの依頼を出すも,依頼意図がうまく伝わらず,担当のスタッフを困らせたこともありました.「患者さんが不穏」とのコールを受け,どきどきしながら現場に向かったこともありました.退院時に「褥瘡に関する診療情報提供書が必要」と言われ,褥瘡チームの記録を必死に見直したこともありました.入院中の尿閉で泌尿器科の医師に相談すると「ADLが上がってこないとね」,と言われたことが何度もありました.栄養に関しては,当時は栄養士に頼りっきりでした.加えて,とにかく,カルテは書くのが大変でした.それは既往・併存疾患,薬剤,生活社会背景等の情報の多さもそうですが,特に大変だったのは,アセスメントのところでした.多く並んだプロブレムの一つひとつアセスメントしようとするとそれらが相互に関係しており,途中で思考停止してしまうことも多々ありました. 目の前の患者さんに一生懸命だった当時の私は,何故あんなに苦労したのでしょうか.その理由は,学生時代から体系的に老年医学を学ぶ機会が少なかったこと,それも影響してか,疾患臓器別等の縦割り思考に大きく支配されていたこと,さらに内科や救急で扱うようなフレームワークやアルゴリズムが,高齢者診療にはあまりなく,とっつきにくかったことなどがあったと思います.また,当時の私は,入院による害が,高齢の入院患者さんには起きやすいということは肌感でわかってはいましたが,対処すべき対象として,それに対する問題意識が薄かったように思います. 2)老年内科診療に触れるようになってからの気づき そんな私でしたが,幸運にも初期研修の後,老年内科医のもとで研修をさせてもらう機会に恵まれました.一緒に回診をするなかで特に印象的であったのは,何気ない会話のなかでの認知機能の評価やターゲットを絞った身体機能評価を行い,それらを治療やケアの方針決定に生かしていたことでした.それだけでも目から鱗でしたが,機能に着目することで自然と生活にも意識が向くようになり,さらには,よりよい診療のためには,その人自身のことをより知りたいと思うようになりました.疾患の治療はその一部に過ぎないと思えましたし,自分にできることがたくさんあることに気がついて診療により前向きになることができました.また,そのような視点をもつことで医師以外の他職種の方の見え方も変わりました.というか,同じ目標に向かうという意味で初めて同じ土俵に立てた気がしました.大学病院の老年内科診療では,入院患者さんに老年内科診療のコアともいえる高齢者総合機能評価(comprehensive geriatric assessment:CGA)をフルで行っています.すべての評価を行うにはある程度時間がかかりますが,CGAの評価後には目の前の患者さんがどのような日常生活をどのような環境でどのように送っているかがより鮮明に想像できます.特に急性期の入院では,入院時は状態が良くないことが多いので,CGA の評価前後で大きく患者さんの印象が変わることもよくあります. この企画のお話をいただいてから,自分の研修医時代から老年内科医に至るまでを今一度振り返ってみました.私の研修医時代は読まれた方はわかる通り,褒められたものではないですが,これを読んでいる研修医の皆さんが,そうはならないように,誌面を通して学んでもらえるように企画を考えてみました. 2企画趣旨 世界を代表する超高齢社会である日本では,研修医の皆さんが担当する病棟診療の対象の多くは当然高齢者であると思います.高齢者の訴える症候の多くは複数の疾患,機能障害,さまざまな社会背景がゆえ,複雑で,研修医の皆さんが対応に迷う場面が多いのではないでしょうか? 一方で,その複雑性の専門家ともいえる老年内科医の診療スキルを体系的に学ぶ機会は少ないのが現状ですし,研修医の先生が日々の診療で老年内科医が行うようなフルのCGAを実践するの時間的に難しい状況ではないかと思います.そこで,今回の特集では,研修医の皆さんに最も身近なテーマを通して老年内科の視点・スキルを学んでもらい,それらを前向きに,少しでも実践してもらえるようにシンプルなフレームを用いて高齢患者の病棟でのよくある症候を症例ベースでみていく内容としました. ●HAC×5Ms 総論では研修医が病棟でよく出合う症候として,高齢者に起こりやすいHAC(hospital acquired complication:入院関連合併症)を取り上げ,解説します.さらに,高齢者診療における複雑な情報を整理し的確に次のアクションへと繋げるためのフレームとして「5Ms」を紹介します. 各論ではそれぞれのHACについて深掘りしつつ.誌面上にはなりますが,できる限りリアルな症例を提供し,5Ms を用いた診療を体験してもらいます.各論のテーマごとに症例と5Msアクションの表がありますので,ひととおり読んだ後に,表を全体として眺めてもらうと複雑な症例の診療をすっきり理解できることを感じてもらえると思います.また,著者の先生方には研修医の先生方が1週間程度で実施できる量の提示症例へのアクションの記載をお願いしていますので,誌面の内容がすべてではありませんし,唯一の正解というわけでもありません.ですから,自分だったらこれをしようと考えながら読んでもらえたら,より学びが深くなると思います. おわりに 今回の特集に関わることができて,とてもうれしく光栄に思います.企画を提供していただいた羊土社の担当者の方々,素晴らしい文章を書いていただいた執筆者の先生方に大いに感謝いたします. そして,読者の皆さん,本特集を読めば,病棟の自分の受け持ちの患者さんに会いに行きたくなること必至です! また,病棟高齢者診療で困ったことがあれば,その都度読み返していただけるとよいかと思いますし,5Msの表は,症例検討会や多職種カンファレンスで,本特集のように情報をまとめて共有する際に大いにお役立ていただけると思いますのでぜひ現場でご活用いただければと思います. 著者プロフィール 坂井智達(Tomomichi Sakai)名古屋大学大学院医学系研究科 地域在宅医療学・老年科学老年内科での診療に加え,研究では,高齢者の施設ケアや老年医学教育に特に関心があります.つい最近までオーストラリアのアデレードというところに留学していました.世界のLivable cityとして上位に入るようなとても住みよい街でした.Cityにほど近い場所に住んでいましたが,家の前にコアラがやってきたことは,大きなインパクトとともに思い出になっています.一緒に臨床,研究したい方はぜひ連絡ください.当科ホームページ