特集にあたって 特集にあたって 耒田善彦(沖縄県立中部病院 腎臓内科) 本特集の特徴 私が研修医であった2005年ごろ,医学関連記事に「2020年ごろには透析患者数はピークになり,その後は減少していく」との予想が書かれており,今でも記憶に残っています.しかしながらこの予想は大きく外れており,2021年の日本透析医学会の報告ではわが国の透析患者数は349,700人で,いまだ増加傾向です1).これは日本の人口動態の高齢化を反映しており,日頃の診療のなかでも病棟や救急外来で透析患者さんを診察する機会は多くあります.しかしながら研修医の先生方は透析患者さんと聞くと特別な対応が必要であると感じてしまい自信がないまま診療していることも多いと思います.私自身も研修医のころは透析患者さん対応のコールを受けると身構えていた記憶があります.今回の特集では『透析患者の診かたで絶対に知っておきたい8つのこと』として透析患者さん特有の問題と診療の着眼点,および具体的な対応について臨床現場の最前線で活躍されている先生方に執筆をお願いしました.今回執筆していただいた先生方は,現場で患者診療にあたり日頃から研修医指導に情熱を注いでいる先生方です.実臨床に直結するようご解説いただきましたので,ぜひこの知識を活かし透析患者さんを積極的に診ていただきたいと思います. 透析患者さんを診る際の心得 特集の本編に入る前に,私自身が日々透析患者さんの診療で気をつけている基本姿勢をまとめておきます. 珍しい感染症よりもコモンな感染症を考慮に入れながらも,血液・腹膜透析,腎移植患者さんは細胞性免疫不全であることを認識しながら診療にあたるのが大事 以前,アメリカの腎臓専門医試験の予習コースを受けていた際に腎移植患者の感染症に関する講義がありました.そのときの演者が “鉱山のカナリア”(鉱山の有毒ガスの検出に昔は鉱山にカナリアを持ち込んで,カナリアが鳴かなくなると有毒ガスの危険があると先に判断していた)のように,透析患者や腎移植患者は感染症が世間で流行する前に最初に感染するグループになると説明していました.例えば,ノロウイルスやロタウイルスによるウイルス感染性下痢症では季節的な流行がありますが最初のころに感染し始めるのが血液・腹膜透析,腎移植患者さんです.また新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも透析患者さんの症例が増えてくると流行期の波が来たかなと推測できます. また感染症に関しては血液培養も非常に重要で,従来のqSOFA(sequential organ failure assessment)などでも敗血症疑いの基準を満たしていなくても血液培養が陽性になったり,血液培養が陽性になってから熱源精査なんてこともしばしば経験します.特に糖尿病腎症で透析になっている方でこのような傾向は多いですが,これは細胞性免疫低下がありSIRS(systemic inflammatory reaponse syndrome:全身性炎症反応症候群)の状態を起こしにくい状態であるためと考えられます.グラム陰性菌のCAPD(continuous ambulatory peritoneal dialysis:連続携行式腹膜透析)腹膜炎などでも腹痛が軽度なこともあります.このようなことから,説明のつかない意識障害・意識変容,低血糖,血圧低下,低体温,カテーテルなどの挿入物がある患者さんなどでは血液培養を行うことが重要です. 透析患者さんの日々の透析中の透析記録は非常に重要 透析記録には看護師などからの非常に重要な情報が書かれていることがあるので,研修医の先生も直接透析業務には関わらないかもしれないですが記録は見られるようになっておいた方がいいでしょう.例えば透析時の低血圧は患者さんの予後そのものに関わっているという報告があります.透析時低血圧にはさまざまな原因がありますが,維持透析導入時の血圧が不安定ですぐに下がってしまうときは,降圧薬を一度中止して心機能の再評価とドライウェイトの再調整を優先することで血圧が安定するケースも多いです.また透析時低血圧を繰り返す患者さんのなかには心臓の三枝病変などが隠れていることもあるので要注意です.さらに診療と直接関係ないことかもしれませんが,透析室看護師,臨床工学技師はいろいろな情報を知ってるので,悩んだりした際は質問すると彼らも喜んで教えてくれます.良好な関係を築くようにしてほしいと思います.特に経験の長い透析室看護師,臨床工学技師の気づきには私自身も学ぶことが多いです. 透析患者の合併症に関しては透析特有のものがあるのでこれらは知識として知っておくのが原則 CAPD腹膜炎やシャントトラブルなどは透析関連の合併症で,頻度は高いですが慣れておかないと対応はできません.例えば,CAPD腹膜炎において腹水の培養の出し方は非常に重要です.遠沈沈殿処理を行うことがポイントなのですが,私もこれまで腹水をそのまま培養に出してしまい陰性となり後から正しく遠沈沈殿処理で提出した培養が陽性になったというケースを何度も経験しています.初療の時点で適切な培養法で出していれば遠沈のグラム染色でも細菌が確認できることもあるので知識として知っておくのは重要です.そのほかにも多発性嚢胞腎の嚢胞感染や透析関連の合併症は知識がないと対応も難しいので本特集を通じて学んでいただきたいと思います. 病歴,検査などから説明のつかない症状があった際には薬剤や透析機材のアレルギー,副作用の可能性もあるので注意すること 透析患者さんにおいては腎排泄の薬剤などでは容量調整が必要で,容量調整していても副作用が起こることはあります.抗ウイルス薬であるバラシクロビルによる意識変容などは有名ですし,セフェピムを代表とした抗菌薬による脳症なども起こりえます.透析関連の機材のアレルギー,副作用も透析に特有のものであり,透析のダイアライザーのアレルギーや酢酸不耐症といったようなものもあります.またヘパリンに伴うヘパリン起因性血小板減少症やナファモスタットによるアレルギーなどもそれなりの頻度であります.栄養管理でもアレルギーなどの可能性もあることを頭に入れながら,透析スタッフならびに薬剤師,栄養士といった他職種とも良好なコミュニケーションをとるのが重要です. ぜひ皆さんもこれらの基本姿勢を心がけていただき,本特集を通じて透析患者さんの診察に自信をもっていただけると幸いです. 引用文献 花房規男,他:わが国の慢性透析療法の現況(2021年12月31日現在).日本透析医学会雑誌,55:665-723,2022 著者プロフィール 沖縄県立中部病院 腎臓内科 2005年金沢大学卒業. 卒業後は沖縄県立中部病院で研修開始,その後は離島総合病院などで勤務し2011年より沖縄県立中部病院腎臓内科,2018年にジョンズホプキンス大学で公衆衛生学修士取得,2018年よりマサチューセッツ総合病院研究員,2020年にハーバード大学より医科学修士取得.2021年に帰国して沖縄県立中部病院腎臓内科に勤務,現在に至る. 日本内科学会総合内科専門医・指導医,日本腎臓学会専門医・指導医,日本透析医学会透析専門医,公衆衛生学修士,医科学修士