レジデントノートインタビューコーナー『あの先生に会いたい!』では,さまざまなフィールドでご活躍中の先生に,医師として歩んでこられた道のりや,現在,そして将来のこと,さらに私生活とのバランスの取り方などについて語っていただきます.また番外編では,本誌に収まりきらなかった内容をホームページ限定で紹介していきます.
下井辰徳先生(以下敬称略):日本政治学会にも入られているそうですが,政治学関係の研究はどのようなものなのですか.
徳田安春先生(以下敬称略):今,新潟県立大学の学長の猪口孝先生と共同研究をやっています.アジアバロメータといって,猪口先生が10年ぐらい前から集めているアジア各国の政治学的な世論調査の膨大なデータがあるんです.そのなかには医療とか健康関係に関してのデータもたくさんあるのですが,今まで誰もそれを分析していなかったみたいなんです.
私があるとき本屋で猪口先生の本を見つけて読んだときに,「最近の医者は世論調査のデータに興味がない」と書いてありました.“これは面白いな”と思って,すぐ猪口先生ご本人に電話して,翌日会いに行って,それで一緒に研究することになりました.猪口先生のアジアバロメータ共同研究で,たくさんの論文を書きましたよ.
※「徳田先生の公式ページ」で論文一覧が載っています.
下井:その猪口先生との研究では,どういうことがわかってくるのでしょうか.
徳田:例えば,ある人が幸せというときに,幸せ(ハピネス)の程度があるんです.どのぐらいのハピネスがあるとその人が感じているかを段階分けにした調査がありました.それをもとに “幸せ”と感じるにはどういう因子が決定的に重要なのかを一緒に調べました.
一例をあげると,“幸せ”に関する因子について,お金は実はマイナーなことで,もっと重要なのは健康や,人間間の信頼関係,自分の所属している会社や家族との信頼関係が大事,といった,いろいろなことがわかりました.
そういうことがわかると,日常診療でも,1人1人の患者さん診るときに,社会的バックグラウンドと幸福度まで考えるようになって,非常にプラスになっている気がします.
以前からいわれていますが,ある学問と別の学問との境界領域には新たなる革新的なイノベーションがあるんです.わたしは意識的に,医学以外の他の分野に面白そうなものを見つけて,それに手をつけるようにしています.
全然関係のない政治学と,医学に接点があるのかと思いましたが,猪口先生と共同研究をやってみて,結構たくさんおもしろいことがあるとわかりました.
下井:興味深いです.
徳田:いろいろな分野に興味を持つというのは,総合内科的な発想かもしれません.総合内科的診療では,患者さんの問題点を解決するときにワイドな視点をもって,社会的なことのバックグラウンド,倫理的なバックグラウンドを必ず考えるので,病気以外のバックグラウンドにも,もともと注目していました.例えば患者背景を知るために医療倫理を勉強すると,今度は哲学を勉強しなきゃいけなくなったりするんです.私もアメリカにいるときにハーバード大学の哲学講義をとって勉強をしましたよ,全くの素人ですけど.
結局,総合診療をやっていて,ワイドな視点をもつようにしてきたことが,いろいろな分野の人たちと共同研究することにつながっているのだと思います.
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