—2017年度からはじまる予定の新専門医制度で,総合診療専門医が基本領域の新しい専門医として加わることが決まりました.総合診療医の特徴・魅力を教えていただけますでしょうか.
「自分の専門ではありません」などと患者さんを断らなくてよいという点は特徴であり魅力ですね.これは専門家に紹介することも含めて,幅広く対応することができるということです.その「幅」というのは,日常的によく遭遇する症状や病気に的確かつ迅速に対応することに加えて,例えば,介護の負担,医療費の経済的な問題など,家族状況や生活面にも入り込んでアプローチをする,日常生活に密着した医療が可能であるということです.
しかも,それらを看護師,ソーシャルワーカー,ケアマネジャー,薬剤師,理学療法士など,いろんな方とネットワークをもって,常に情報交換をしながら必要な方に依頼をしていきます.ですから総合診療医一人で何でもやるわけではなくて,健康情報のハブ機能を担いながら多職種とつながって,患者さん全体のケアを継続的に提供できます.
また,高齢になると病気が治らないことは多くあります.そんな患者さんに対して「薬も何も効かないので,何もすることができません」ということではなくて「痛みがあるなら,こういったケアを考えてみませんか」などと,いろんな方法を使って患者さんのQOLを高めるサポートをしていきます.これは本当にやりがいがあるところですし,受診した後の患者さんの満足感,納得感も非常にあります.医療者中心ではない,真の「患者さん中心」のケアをぜひ現場で見て実感していただきたいですね.
—専門医研修の特徴を教えてください.
特徴の1つは,多様な診療科のローテーションが基盤となっていることです.研修プログラムをⅠとⅡと分けて,Ⅰは診療所や小病院,Ⅱは比較的大きな病院の総合診療部門で研修をしてもらいます.これがトータル18カ月あります.ですから3年間の研修のうち,半分は総合診療にどっぷり浸っていただきます.残りの1年半のうちの1年間では,内科を6カ月,小児科を3カ月,救急科を3カ月と,総合診療と関連の深い基本領域の専門家の力をお借りして研修を行います.あとの半年は,例えば整形外科,放射線科など,専攻医の要望に応じて柔軟に研修を組み替えることができます.こういった研修の構造そのものが非常に特徴的です.
2点目は,総合診療の6つのコア・コンピテンシー(表)を常に意識しながら研修を続けていくことです.それは単なる精神論ではなく,実際にそれを実践するための方法論も伴っています.具体的には,外来診療ではビデオレビューを行います.自分が実際に外来診療をしている様子をビデオで撮影して,自分自身の診療を後で指導医と一緒に振り返ります.そして,患者さんの理解も踏まえたうえでケアを提供できているか,そういったところを客観的に評価していきます.また症例カンファレンスも,単に診断や治療が良かった・悪かっただけではなくて,患者さんのニーズ,家族関係,地域の医療リソースをどう捉えているかなど,総合診療の重要な要素をテーマにしながら行っていきます.これらをほぼ毎日のように行い,6つのコア・コンピテンシーを必ず実践し表現できるように教育します.経験症例数などといった件数だけでなく,自分の診療レベルを客観的に評価してコア・コンピテンシーをきちんと身につけることができるという点も大きな特徴です.
3つ目の特徴は,外来,病棟,在宅,救急という4つの診療現場で必ず研修していただくという点です.総合診療医が活躍するフィールドは,これらのなかに必ずあります.ですから研修中はとにかく多様な経験をしてもらって,将来,どこで働くことになったとしてもすぐに対応できるような基礎体力を3年間でしっかり身につけてもらいます.
4つ目の特徴は基幹研修施設に診療所があるという点です.総合診療医が一番活躍できる場は地域です.ですから,大学病院,市中病院はもちろん,診療所・小病院であっても基幹研修施設になることが可能なので,プログラムに多様性があります.そうしたプログラムから自分の好みや方向性にあった場を選ぶことが可能です.
—総合診療専門医を取った後のキャリアについて教えてください.
サブスペシャルティ領域の専門医資格に関しては,公式にはまだ何も決まっていないという状況ですが,緩和医療,在宅医療,集中治療などの学会とは意見交換をはじめています.基本的に総合診療を実践し続けること自体が非常にやり甲斐のある道だとは思いますが,そのなかでも「特に関心のある領域」をもつことはあってもよいでしょう.例えばイギリスでは30くらいの領域があって,皮膚診療,緩和医療,鍼灸,さらには研究,教育,公衆衛生などを得意とする総合診療専門医がいます.また,地域によってニーズが違うので,都市部における総合診療医の在り方と,へき地における総合診療医の在り方は違ってきます.ですから,総合診療医としてのキャリアは,その人に合わせた実に多様な形があり得るのではないでしょうか.
学会としては,サブスペシャルティ専門医資格取得のための整備はもちろんですが,こういった関心領域を学び,その能力を認証するための教育プログラムを他学会と連携しながら提供していくことにも今後,取り組んでいきます.
—学会として,どのような専門医を育てていきたいと考えていますか.
先ほどお話しした6つのコア・コンピテンシーを実践し続けることが大事です.ですから,1つ目としては,資格を取ったらおしまいではなくて,このコア・コンピテンシーを実際に実践し続ける,そして専門医として孤立するのではなくて,地域に入っていって,現場の専門職や行政・住民とネットワークをつくる力を発揮して,地域医療に少しずつでも貢献できる医師を育てていきたいと考えています.
2つ目は,後進の育成です.この総合診療といわれるジャンルできちんとトレーニングを受けた医師は非常に少なくて,医師が30万人いるなかで,せいぜい1,000人くらいです.後進を養成することも専門医としての責務であるという意識で取り組んでいただきたいですね.大きくこの2つができる専門医を育てていきたいと考えています.
そして,この2つができる総合診療医が増えていけば「総合診療専門医をつくってよかった」と社会から評価していただけるようになり,何よりも国民が「総合診療専門医がいることで自分たちが受ける医療がよくなってきている」と実感できるようになると思うんですね.そうすると,本当の意味でこの総合診療専門医を確立した意義が出てくるでしょう.
—今後の学会の目標や方針を教えてください.
学会としては単に専門医を育てるだけではなくて,この2つを現場で実践してもらうために,どうサポートしていくかも考えていく必要があります.一例としては,専門医部会という専門医の資質の向上をめざす組織の活動を活性化して,診療・教育・研究などについて全国規模で情報交換できる環境を強化していきます
それと,プライマリ・ケア連合学会には医師会員が1万人いますが,そのなかで家庭医療専門医の資格をもっているのは500名弱です.ですから9,500人の方は専門医資格をもっていません.そうした会員のなかには,現場でプライマリ・ケアを一生懸命実践し後進の教育にも従事されている方がたくさんいらっしゃいます.ですから,そうした会員へのサポートを,学術大会,生涯教育セミナー,指導医講習会などを通じて提供していきたいと考えています.
—総合診療医に興味をもっているけれど不安に感じている方は多いと思います.そのような方にメッセージをいただけますか.
新しい領域なので,ニーズはあるのか,将来どうなるのか,などの不安をおもちなのは当然でしょう.ただ,19番目の基本領域として総合診療専門医ができた理由は,単にわれわれが後輩を育てていきたい,仲間を増やしたいというだけではありません.日本全体で総合診療医のニーズが高く,総合診療医を強化していきたいという強い期待があるからです.高度な医療を提供している病院のなかにいると,総合診療医を求めている患者さんが少ないのですごく不安になると思いますが,一歩,そういう病院を出ると総合診療のニーズがふんだんにありますので,その不安はすぐに吹っ飛びます.
実際に私が総合診療をやって感じるのは,とにかく総合診療によって救われる患者さん,非常に満足してもらえる患者さんが地域にかなり多いということです.また,他領域の専門医と総合診療医が両輪となって医療を提供することが効果的であることも強く実感しています.そして,満足してもらえた患者さんの笑顔を見れば,こういう仕事っていいな,必要なんだな,と心から納得できるでしょう.ですから,ぜひ現場を見て,総合診療の実際を感じてもらって,不安を乗り越えて総合診療という領域を選んでいただきたいと強く願っています.
—貴重なお話をありがとうございました.