「翻訳」研究は新発見の相次ぐ現在の一大注目分野です.本特集では,リボソームの機能制御からtRNAの分子擬態まで,翻訳調節に関わる機構・局所的翻訳など他分野へ拡がる研究トピックスを幅広くご紹介します.
目次
特集
翻訳制御
〜RNAが支配する生命現象の根幹
リボソームの機能制御,tRNAの分子擬態から局所的翻訳まで
企画/中村義一
企画者の言葉【中村義一】
タンパク質合成の研究は,分子生物学の黎明期から中心的な課題だった.初期の遺伝暗号の解読からはじまり,翻訳のしくみの解明をへて,遺伝子発現の翻訳調節が細胞や個体の発生・分化・疾患などにおいて決定的に重要な役割をはたす事実が明らかになってきた.そして,今世紀に入って,リボソームの原子構造の解明,翻訳因子とtRNAとの分子擬態,RNA干渉や翻訳サイレンシング等々,エポックメーキングな発見が相次ぎ,RNA研究の台頭と呼応して,生命科学の根幹としての重要性があらためてクローズアップしてきた.本特集は,翻訳制御のダイナミクスを基軸とする最新の展開をまとめた.
翻訳伸長段階におけるリボソームおよびtRNAのダイナミクスと分子擬態【清水義宏/上田卓也】
リボソームの高解像度X線結晶構造の解明とそれをもとにしたクライオ電子顕微鏡を用いた翻訳の各段階のスナップショットが明らかにされ,リボソームを中心とした翻訳システムではさまざまな因子がダイナミックに機能していることが明らかにされつつある.本稿ではリボソームおよびtRNAのダイナミクスに着目し,それらの構造変化がどのように遺伝暗号解読に寄与し,タンパク質合成の正確さを維持しているかについて紹介する.また,そうしたダイナミクスを巧みに擬態するタンパク質の一例としてSmpBというタンパク質の機能について紹介したい.
トランスファーRNAの3′末端修復の分子メカニズム【富田耕造】
tRNAは,mRNAの遺伝暗号とそれに対応するアミノ酸とを結びつけるアダプター分子である.tRNAの3′末端に普遍的に存在するCCA配列は,タンパク質合成の場であるリボソームと相互作用することによって,アミノ酸の重合反応を促進する.CCA付加酵素は核酸性の鋳型なしにtRNAの3′末端に CCAを付加するユニークな鋳型非依存的RNA合成酵素である.近年,CCA付加酵素の鋳型非依存的なRNA合成の分子機構,進化に関する研究が報告されてきている.本稿ではわれわれが行ってきたCCA付加酵素に関する研究を中心に紹介したい.
翻訳調節における翻訳終結制御機構の新知見【伊藤耕一】
終止コドンはこれまで,もっぱらタンパク質(ポリペプチド鎖)の合成終了を指示する遺伝暗号として機能すると考えられてきた.しかしながら,近年,終止コドンが遺伝暗号の1つという単純な認識から,mRNA動態の制御に積極的にかかわり,mRNA品質管理,環境応答やウイルス増殖制御など,高等動物での疾患にも関連する,重要で多様な高次生理機能を実現する多義的なmRNA動態制御シグナルであるという認識が確立しつつある.
新生ペプチドによるリボソーム機能の制御【尾之内均/内藤 哲】
新生ペプチドが自身を翻訳したリボソームの機能制御に関与し,それによって遺伝子発現が制御される例が,原核生物と真核生物のそれぞれにおいて見つかっている.多くの例では,リーダー領域に存在する小さなORFにコードされるペプチドの働きによって,リボソームが mRNA上で停滞し,その結果,下流ORFの発現が制御される.一方,われわれが見出したシロイヌナズナのCGS1遺伝子の制御では,酵素タンパク質自身の新生ポリペプチドの一部がリボソーム機能の制御にかかわる.本稿ではこのような新生ペプチドによるさまざまな制御について概説する.
酵母におけるmRNA局在と局所的翻訳の分子機構【入江賢児】
出芽酵母の非対称分裂は,mRNA局在とその局所的翻訳によって制御されている.この系は,mRNA上の Zipcode,モータータンパク質,巨大なmRNA—タンパク質複合体(ローカソーム)の形成,極性化された細胞骨格,mRNAを留めておくアンカリング機構,ERとの連携による局所的翻訳,進化的に保存されたRNA結合タンパク質の関与など,多細胞生物の系と多くの共通点がみられ,mRNA局在と局所的翻訳の分子機構を解析するうえで有用なモデル系である.
樹状突起における局所的な翻訳制御【飯島崇利/岡野栄之】
成熟したヒトの中枢神経系は,1千億から2千億個もの神経細胞によって形づくられている.これら神経細胞は,遺伝情報や発育時の環境因子にもとづきながら,精密な分子メカニズムによって神経回路網を形成する.いったん完成した神経回路網も,神経活動に伴って成人期以後においても時空間的にダイナミックに変化する.このような可塑的変化は神経細胞間のつなぎ目であるシナプスの機能的・形態的変化により制御されるが,この際に細胞内では神経活動に応じてさまざまなシナプス関連分子の発現調節が行われる.本稿ではこういったシナプス制御機構の1つである樹状突起のmRNA 翻訳制御の役割について紹介したい.
トピックス
カレントトピックス
ポロキナーゼが細胞分裂時にGタンパク質Rho1を制御する【吉田知史/David Pellman】
NMDA受容体のリン酸化による記憶・学習の制御【中澤敬信/山本 雅】
12アミノ酸からなるCLEペプチドによる植物幹細胞の維持と分化【福田裕穂】
セネッセンスとヘテロクロマチン形成におけるHMGAの新たな役割【成田昌子/成田匡志】
News & Hot Paper Digest
TH17分化を制御する転写因子は?【熊ノ郷淳】
リボスイッチは代謝産物とRNAのみにより転写を制御する【黒川理樹】
殺し屋の別の顔【今居 譲】
引っ張るほどに強くなるキャッチボンドの神秘【島岡 要】
ハーバード幹細胞研究事情【妹尾 誠】
連載
科学する心を語る
Any Breakthroughs? RNAi発見とノーベル賞受賞を支えた多くの出会い【Craig Mello】
クローズアップ実験法
4塩基コドンを用いたタンパク質のピンポイント蛍光標識法【芳坂貴弘】
疾患解明Overview
ギラン・バレー症候群研究の展開:分子相同性仮説の立証【結城伸泰】
私が名付けた遺伝子
第25回 eiger/wengen 〜無脊椎動物ではじめて発見されたTNF/TNF受容体〜【三浦正幸】
ラボレポート−独立編−
独立させていただきました—Yale University School of Medicine【富田 進】
関連情報