(実験医学2012年4月号掲載 連載 第1回より)
すでに述べたように痛風の遠因は大型霊長類が尿酸酸化酵素を突然変異によって失い,高尿酸血症をきたしやすい状態にあることである.近因としては尿酸の代謝,とくに腎尿細管における尿酸の再吸収能に個人差があり,食事の変化,肥満,アルコール摂取などの環境要因によって血清尿酸値が上昇して痛風を発症するものと理解される.
一方壊血病は,近因としてはビタミンCの摂取不足に基づく外因性疾患である.遠因としては進化の過程でL-グロノラクトンオキシダーゼを失ったためで,他の哺乳動物のように生合成ができず,ビタミンCの不足を招きやすい状態にあるためである.このように進化医学は病因論の立場に立って病気の遠因を明らかにし,病因への理解を深める学問分野であるといえる.
進化医学は,したがって疾患の診断,治療に多くの場合直接役立つものではない.しかし病因や疾病の発生病理をよりよく理解し,対策を考えるうえに,進化医学は多くの情報を提供してくれる.それは研究者にとって,自らの研究の意義をよりよく理解するうえに必要なことである.
進化医学は一般医家にとっても,また一般の人に対しても多くの情報を提供してくれる.例えば人はややもすればビタミンCが不足しやすい状態にあることを理解していれば,偏食,摂食異常,ヘビースモーカーなどに対しては,ビタミンCを摂取することによりサブクリニカルなビタミンC不足に対処することができる.また高尿酸血症には進化学的意義があるので,痛風発作や腎機能障害がなければ,ただちに治療する必要はないと考えられる.さらに連載第4回で述べるように感染症は恐らく35億年の歴史をもったものである.感染を起こす寄生者と,それを防止しようとする宿主の長い戦いを理解すれば,H1N1型インフルエンザのような新興感染症に対しても,より適確な対応ができるようになる.また自己免疫疾患やアレルギーの成因も,感染症の変化や減少と関連して理解すべきである.その意味で進化医学の素養は,医師の日常の臨床にも,また一般の人々の健康の維持にも役立つことが少なくない.
本稿を査読し,種々有益な示唆をいただいた京都大学 富田 隆 名誉教授,越山裕行 北野病院糖尿病・内分泌内科部長に感謝します.