(実験医学2012年7月号掲載 連載 第4回より)
地球上の生物には,多くの共生する微生物(commensals)が存在する.その大部分は宿主にとって有益か,ほとんど無害であるが,時として病気の原因となりうる.1で述べた感染症はその一例であるが,それ以外の共生菌が病気とも関連している場合があることが明らかとなりつつある.
人体に共生している微生物はマイクロバイオーム(microbiome)と総称され,ウイルス,細菌,真菌,原生動物などを含んでいる.その数を正確に知ることはできないが,細菌の細胞数は人体の総細胞数(約60兆個)の9倍にも達すると推計されている6).それらは消化管,鼻咽腔,気道,泌尿・生殖器,皮膚などさまざまな部位に存在している(図1)7).消化管には特に多く,その種類は1,000種程度,総重量は1.5 kgにも達する.そのなかには大腸菌(Escherichia coli:E. coli)のように培養してコロニーをつくらせることが可能なものもあるが,多くは分離が困難である.したがって分離培養をしないで細菌のゲノムを切断し,ヌクレオチドを解読したうえで,インフォマティクスの知識を活用して個々の細菌のヌクレオチド配列を決めようとするメタゲノミクスのプロジェクトが進行しつつある8).
腸内細菌は,宿主や他の細菌と一定の均衡を保ちながら生存している.有益な細菌は抗炎症物質,抗酸化剤,ビタミンなどを供給したり,ヒトの消化酵素が分解できない多糖類などの物質を分解して利用可能な状態にする.また病原菌などの他の細菌に対する宿主の免疫機構の維持に,一定の役割を果たしている.すなわち宿主の自然免疫,獲得免疫を刺激し,産生された抗体が菌の発育を抑制して,定常状態を維持している.こうしたことから微生物-ヒトからなる超個体(microbe-human superorganism)という概念も提唱されている.この状態が破綻すると,炎症性腸疾患を起こしてくると考えられている.
腸内共生菌はまた食物によって変化する.最近世界各国で肥満が増加しているが,高脂肪食を摂取すると腸内細菌の均衡が破れ,エンドトキシン/リポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)が腸粘膜のバリアーを破って血中に入り,それがインスリン抵抗性や非アルコール性脂肪性肝炎を起こすのではないかと考えられている9).このように腸内細菌は食物をはじめさまざまな環境因子の影響を受けるので,集団によってその構成が異なる.例えば海水中の細菌がもつ糖分解酵素(porphyranase)は日本人の腸内細菌からのみ見出されることが知られており,海藻などを介して摂取された細菌の遺伝子が,腸内細菌に水平伝播(horizontal transfer)※したものと考えられる10).