(実験医学2012年7月号掲載 連載 第4回より)
生物は,他の生物とさまざまな形で関係をもちながら生きている.そのなかで同所的に密接な相互関係をもちながら生活をする現象が,共生(symbiosis)である.共生には相利共生,片利共生の他に,片方が利益を得て片方が害を被る場合があり,これを寄生とよぶ.そしてその宿主に本来存在しない寄生体が侵入し,定着したとき,これを感染とよぶ.感染によって宿主に病的状態が起こるとき,感染症という.
寄生は生物の世界ではきわめて普遍的な現象である.最も小さい細胞体であるマイコプラズマに感染するウイルスが知られている.そして現在知られている最大のウイルスであるAcanthamoeba polyphaga mimivirusにも,これに感染するsputnikと名付けられた小さなウイルスが存在する1).したがって生物のなかで,寄生を免れるものは,まずないであろう.
寄生という現象が進化の過程でいつはじまったかは明らかでない.しかし細菌に寄生する多くのウイルスがいることからみてもかなり早い時期からあったことは確実である.寄生体は宿主にとって甚だ迷惑な存在である.それは栄養素を取られるだけでなく,場合によっては命すら奪われる危険な存在だからである.したがって宿主は寄生体を排除しようと,さまざまな防御機構を発達させてきた.一方寄生体はそれを巧みに逃れて,生き残る戦術を進化させてきた.それは軍拡競争にも例えられる虚々実々の果てしない闘争の歴史であった.感染,あるいは寄生体への宿主の対策は,自然選択の1つの重要な要因であることに疑いがない.
当然のことながら,ヒトにも数多くの感染症がある.寄生体としては,ウイルス,細菌,真菌,寄生虫などさまざまなものがあり,プリオンのような特殊なタンパク質も感染症の原因となる.寄生体が病気を起こしてくるときには,それを病原体とよぶ.そしてその病原性を,病毒性(virulence)という(3で詳述する).強い毒性を有し,急性炎症を起こして宿主の生命を脅かすもの,慢性,持続性感染の経過をとって一定期間の後に疾患の症状を起こすもの,一部の症例でのみ疾患を起こしてくるものなど,感染症にもさまざまな型がある.それらは宿主からの攻撃を巧みに逃れるように進化した病原体の適応戦略の結果であると考えられる.
病原体のなかには比較的最近に登場したもの,恐らく農耕・牧畜をはじめ,定住するようになってからヒトに寄生するようになったもの,それより古い時代から人間社会に存在したものなど,歴史的にみてもさまざまなグループがある.最近現れた感染症は新興感染症(emerging infection),かつて猛威を振るったがいったん減少し,最近再び増加したものは再興感染症(reemerging infection)とよばれる.主要なものは表1に示すとおりであるが,このなかには古くから存在したが最近発見され,注目されるようになったものも含まれる.ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori:Hp)感染症はその一例である.Hp感染症は人類の地球全体への拡散とともに広がったと考えられ,その歴史に大変興味がもたれている.