(実験医学2012年7月号掲載 連載 第4回より)
腸内細菌のゲノムは決して安定したものでなく,きわめてダイナミックに変化する.ゲノムの再構成,ゲノムの欠失,遺伝子の重複などである.また細菌では遺伝子の水平伝播は稀ではなく,接合,プラスミドを介するものの他に,ウイルス感染によってゲノムがもち込まれることも多い.ヒトの腸管には,細菌に感染するウイルスが1,000種ぐらい存在すると推定されている.こうしたウイルスを介して,病原性のある毒性遺伝子がもち込まれることもある.
一例をあげてみよう.大腸菌E. coliは通常無害で,K12株などはそれゆえさまざまな研究に使われてきた.しかしE. coliの種類はきわめて多く,そのなかには下痢性疾患,膀胱炎などを起こすものがあり,病原性大腸菌と総称される.そのなかでも,日本やアメリカで集団発生して大きな問題になったO157H7に代表される腸管出血性大腸菌感染症がある.この菌のゲノム構造はK12とはかなり異なっており,赤痢菌と同様のベロ毒素をもっていて,水平伝播によってもち込まれたものと考えられている11).
赤痢は,かつては特に小児の伝染病としてわが国でもかなり多かったが,現在では旅行者などにときどきみられるに過ぎない.その病原菌は志賀 潔によって見出され,Shigella dysenteriae(志賀菌)と命名された.現在も独立の細菌として扱われているが,ゲノムからみると大腸菌と区別できないことが明らかになっている.大腸菌はサルモネラと近縁関係にあり,共通の祖先は1億4,000万年前ぐらいに存在したという推測もある11).哺乳類が地球上に出現した頃にほぼ一致しており,恒温動物となったため,この頃急速に共生菌が増加したと考えられる.現在の大腸菌の異なる株からの推測では,1,000万~3,000万年前にE. coliは種として確立していたとみられている.哺乳類も鳥類も,恒温動物であるがゆえに多くの共生菌を体内,体表にもつことになり,それら微生物と微妙なバランスを保ちながら進化してきた.しかし前述のように細菌のゲノムはきわめてダイナミックに変化するので,ときどき病気を起こしてくる.なおO157H7は比較的新しく,段階的に変化しておよそ55,000年前頃に出現したと推測されている12)13).人間の腸内に棲息する赤痢菌や病原性大腸菌と異なり,ウシなどの家畜の腸内で繁殖するもので,O157H7はウシでは無害であったが,牧畜がはじまってからときどきヒトに感染し,重い症状をきたすようになったと考えられる.このように共生菌も,いつ変化して宿主に牙を剥くかわからない存在である.