(実験医学2012年7月号掲載 連載 第4回より)
すでに述べたようにわれわれは多くの微生物とともに生活している.その多くは無害か,若干の利益を与えあっていて均衡状態にある.しかしそのなかには,宿主の状態の変化とともに,牙を剥くものも存在する.すでに述べた結核菌はその一例で,長い潜伏期の後に,免疫機能の低下によって発病することがある.またはじめから人体に病気を起こす病原性微生物もその数は多い.この病毒性の程度をビルレンス(virulence)という言葉で表す.われわれが接する微生物には,ビルレンスの強いものから全くないものまで種々のものがある.
ビルレンスと関係するものの1つに伝播の形式がある.例えば蚊などの媒体者がいる場合には,宿主が動けないようにした方が伝播に有利である.媒介者には病原性はなく,例えばマラリアの場合マラリア原虫はむしろ蚊の食欲を刺激するといわれている.また親から子へ伝わる垂直感染の場合には一般にビルレンスは弱い.例えばすでに述べた成人T細胞白血病の病原ウイルスHTLV-1は母乳を通して親から子へ伝えられる.その他性行為によっても感染するが,これは白血球を介するもので男性から女性へ感染する.このウイルスのキャリアで白血病を起こす頻度は0.4%と低く,発病の平均年齢は57歳であるので,寿命の短かった古い時代には白血病を起こす人はきわめて稀であったと考えられる.このウイルスは多くの子孫を残すという意味では成功者であったとはいいがたいが,一定の地域で着実に繁殖し続けてきた点では成功したといえる.一方同じ集団の個体間で感染する水平感染の場合には,ビルレンスの強いものが多いが,これも伝播の形式によって異なる.糞便を通して次の個体に感染する経口感染の場合には,激しい下痢によって糞便を撒き散らした方が伝播に有利である.経気道感染の場合には,咳嗽(いわゆる“せき”)と喀痰で次の個体へ広がろうとする.しかし性行為感染症の場合には,すぐに発症すると感染個体を増やすことができない.したがって初期には症状はほとんどないか軽微で,その間に病原体が伝播する(HIV,梅毒はまさにこの例である).
ビルレンスは環境条件によって変化しうる.例えばインドは古来コレラの流行に悩まされ続けてきた.そこで1950年代~1960年代にかけて,コレラの多い地方で浄水事業が行われるようになった.それによって古典的なコレラが減り,ビルレンスの弱いエルトール型が増加した.赤痢でも環境条件の改善によって,ビルレンスの強い志賀菌が影を潜め,毒性の弱いフレキシナー菌へ,さらにゾンネ菌へと変わってきている.