(実験医学2012年7月号掲載 連載 第4回より)
寄生体にとって,強いビルレンスは必ずしも有利とはいえない.それは宿主が死ねば,寄生体も運命をともにするからである.一般にある集団が新しい病原体の洗礼を受けるときには,強い症状を示すことが多い.例えば新世界を征服したスペイン人は,もち込んだ天然痘や麻疹によって多くの原住民が死亡したことにより勝利したとする説もある.一方コロンブスが新世界よりもち帰ったとされている梅毒も,当初は劇症で多くの人が短い期間で死亡したといわれている14).
それではこれらの病気で,なぜビルレンスが変化したのであろうか.これについては「温和な寄生体」という考え方がある.それはビルレンスを弱くした方が,宿主の体内でより多く増殖することができ,有利であるとする考え方である.その基礎になっている1つの例としてオーストラリアのウサギの例がある.狩の餌としてもち込まれたウサギは著しく繁殖し,草を食べて自然界の植生にも農作物にも大きい被害を与えるようになった.のみならずオーストラリア固有の動物種にも影響を与えることになった.解決のため多くの案が寄せられたが,最終的に南米のウサギに感染していたミクソーマウイルスを散布した.このウイルスはオーストラリアではビルレンスが強く,死亡率は99%にも達してウサギは激減した.しかし数年たってビルレンスを測ってみると75~90%に減少し,さらに数年経つと50%に減少した.これは恐らくビルレンスの弱いウイルスの方が,よく増えて選択されたものと考えられる15).
結局,結果としてみると病原体は宿主を殺してしまうことによるコストと,子孫を増やして効率よく新しい個体に乗り移るというベネフィットをバランスにかけて,ビルレンスの強弱を選択しているかのようにみえる.もちろんそこには伝播の方式,環境要因,宿主の免疫学的要因,社会構造など,種々の因子が影響する.天然痘がきわめて強いビルレンスで宿主を倒して大流行したのも,人間の体外でもかなり生きられるという要因があったからである.このようにビルレンスを規定する因子は多く,かなり複雑であるが,要は病原体が最も長く生きられ,子孫を繁栄させる戦略をとっているものと考えられる.