(実験医学2012年7月号掲載 連載 第1回より)
病原性がその病毒性を発揮する分子機構は,細菌,ウイルス,寄生虫によって異なり,同じ細菌でも種によって相違がある.図2は代表的な例を模式的に示したものである.生体の皮膚,粘膜は細胞が密に接着して,バリアーを形成している.細菌はその表面に定着して,しばしばコロニーを形成し,タンパク質性の因子を分泌して細胞を傷害したり,細胞内取り込み(endocytosis)を促すことによって,細胞内に移行する.サルモネラなどのもつⅢ型分泌装置(typeⅢsecretion system)が代表的な例で,ニードル様の構造からエフェクター分子を宿主細胞に注入して,細胞機能をかく乱する.体内に移行した細菌は増殖するとともに,外毒素を分泌したり,菌体のもつ内毒素の作用によって組織障害を起こす.一例として毒素のなかにはジフテリア毒素のように酵素作用をもつものがあり,宿主のタンパク質をポリADPリボシル化(polyADP ribosylation)して,その作用を阻害する.宿主は自然免疫,獲得免疫の機構によって,細菌を排除しようとし,炎症性反応が起こる.これによって発熱などの感染症の主要な症状が現れる.細菌は宿主の免疫反応を阻害したり,それから逃れる機構を進化させている.例えば肺炎球菌の表面の多糖類は,免疫細胞による貧食を防ぐ働きをする.このようなさまざまな因子が,寄生体のビルレンスにかかわっている.
最近の病原性大腸菌や黄色ブドウ球菌の研究から,病原性に関する基本的なことがわかりつつある.その1つは,すでに述べた水平伝播が病原遺伝子の獲得に大きな意味をもつことである.第二に,共生菌や病原性を示さない菌でも,病原遺伝子をしばしばもっていることである.細菌毒素のもともとの意義は,原生動物や線虫などによる捕食を避けるために進化したものと考えられる.ヒトにおいて病原性を発揮するには,一連の遺伝子が正しいタイミングで,正しい場所で発現されなければならない.第三に,ビルレンスに関連した遺伝子は多様であることが明らかになってきたことで,場合よってはきわめて多くの遺伝子が関与することが知られている(表2).またある種の真菌では,ゲノムの特定の領域にのみ遺伝的進化が促進され,感染の標的となる植物種が決定されることも判明した.第四に,宿主の特別な部位に感染したり,特殊なライフスタイルをもつ細菌の場合には,ゲノムの大きさの縮小や偽遺伝子の増加が,病原性にかかわっていることが観察されている.自然界の多くの細菌のうち,なぜ一部の者だけがヒトに病気を起こすのか,そのメカニズムはきわめて複雑で,今後の研究に待たねばならないことが多い18).
本稿を査読し,助言をいただいた京都大学大学院医学研究科 光山正雄教授,神戸市立医療センター中央市民病院参与 笠倉新平博士に深謝します.