本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
「緊急地震速報が突然響いたときは,誰もがまた点検の速報だと思っていた.しかしその直後,一瞬にして恐怖に飲み込まれた.立てないほどの揺れ,順番に消えていく蛍光灯,倒れる棚,鳴り響くさまざまな落下音―まるでドラマのようであった.私を含めた研究室メンバーは,複数人で固まり,揺れに耐えた.5~10分間続いたのだろうか.揺れが収まった後に見た研究室の様子は,先ほどまでと同じ部屋には全く感じられなかった.散乱した書類で足場は失われ,コピー機がかなりの距離を移動したり,クリーンベンチも倒れたりと考えられない状態であった……」これは平成23年3月11日,宮城県で震災を体験した大学院生の声である.
未曾有の大災害から時が経ち,電気・ガス・水道といったライフラインは回復しつつある.しかし被災地の研究者のなかには,貴重なサンプルやデータを失ったばかりか,未だ実験再開の目途がつかない方々もいる.被災状況や復興の現状を把握し,適切な支援に結びつけるために,われわれ生化学若い研究者の会(※)は「被災地域の若手研究者を対象としたアンケート」を行った.本稿ではこの結果をもとに,被災した若手研究者のための支援策を検討したい.
調査は2回実施し,1回目は平成23年3月26日~4月1日,2回目は5月10日~6月4日で合計56件の回答を得た.アンケートには震災の直接的な損害として,「インキュベータやさまざまな顕微鏡の落下破損,貴重なプレパラートが粉砕」,「停電により,1年にたった1回しか取れないサンプルや長年かかってようやくできた貴重な実験動物,培養細胞などが消失」,「研究テーマを余儀なく変更」などという報告があった.震災後2カ月余りが経過した2回目のアンケートでは,震災前とほぼ同等に実験ができるという回答が約9割を占めた.一方で,予想外の損害により予定していた論文執筆ができなくなり,「被災地は競争的資金の獲得に際し不利になるのではないか」という声もあった.もちろん,未だに天井がなかったり,多くの機材が使用不能だったりと実験どころではない研究室もあるようで,被害状況は場所により差がある.いずれにしても,失われたサンプルやデータは二度と戻ってこない場合が多い.この事実は,これから身を立てようとする若手研究者の芽を摘むことになりかねない.
今こそ被災地の若手研究者のために,研究環境の回復と情報提供を行うべきではないだろうか.被災地復興を最優先するため,科学技術予算削減といった厳しい状況が懸念されているが,施設・機材の回復や被災地研究者への特別研究費といった研究環境回復にも,必要な支援が迅速に行われることを切望する.さらに,被災地の若手研究者を対象とした研究費や機器貸し出しに関する情報の提供を含め,他地域の研究者との意見交換を積極的に促すことも重要であろう.当会では,これまでに培ってきた若手研究者のネットワークを生かし,被災地での研究交流会を今年度中に行う予定である.われわれはこのような交流の場を積極的に設けることで,今起きている問題を共有し,自らにできることを今後も検討していきたい.
末筆ではあるが,ご多忙のなかアンケートにご協力いただいた皆さまに,当会一同深く御礼申し上げる.本稿に掲載できなかった調査に関する詳細は,当会ホームページ(http://www.seikawakate.com/)で報告している.
山元孝佳,鉞 陽介,飯島玲生(生化学若い研究者の会 キュベット委員会)
※実験医学2011年9月号より転載