[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第16回 実験だけでいいの? 学部からの研究者教育

「実験医学2011年10月号掲載」

筆者は生命系の学部を昨年卒業し,現在は大学院で技術経営を学んでいる.本稿で筆者は,学部時代の経験を通じて,真に学びがいのある研究・教育環境について提言を行いたい.もちろん,筆者のような経験の浅い学生が教育制度について語ることは身の丈を超えているとは思う.それでも語りたいのは,学生や研究者・教育関係者にとって現行の制度よりも望ましい研究教育のあり方が存在すると強く信じているからである.

本稿は生命系の学部教育を対象とする.現在,生命系の学部生は4年時に全学生が研究室に配属され,研究室から与えられたテーマに合わせて実験手法を習得しデータを出すことが一般的である.つまり,教えられたことを学び,実行する姿勢を養うしくみが,研究活動のはじまりといえる.学部生個人が,研究に必須な事柄の学習を通じて,自発的に研究者としての態度を身につけることが期待されているのであろう.

しかし,果たしてこのしくみは今の時代を生きる学部生にとって最適だろうか.このしくみを通じて,研究の新規性,競合の動向,研究計画,将来のマクロトレンドなどを自ら考え語る研究者としての素養を若いうちから徹底的に磨けるだろうか.学部生のなかには,学部における研究教育制度に対して,「一方的」や「画一的」といった印象を受ける人が少なからずいるかもしれない.

そこで筆者は「学部3年時の終盤までに各学生が研究計画書を専攻会に提出し,口頭試問を受け,審査を通過した者のみが研究活動を行う資格を得る」という制度を提案する.つまり,研究者が申請書を書くのと同様に,研究対象の全体像を把握し,新規の計画を提案することを課すのである.優秀な学部生は審査に通過することで早期から本格的な研究活動をはじめることが可能であり,プロフェッショナルな環境下で実践的な知識やスキルを能動的に身に付け,自分の頭を使いながらその創造性や積極性を最大限に発揮する機会が与えられる.

[オススメ] さあ実験,でもどう進めたらいいのだろう… と悩む前に本書をどうぞ

「改訂第3版 バイオ実験の進めかた」

学部4年次においても審査に通過できなかった学生については,受動的に研究活動に参画することではなく,学部4年時の1年間でより濃密な講義・実習を分野横断的に履修し,知識・スキルの運用能力向上に励むことができる.そして,卒業要件を満たし大学院への進学を希望する者には大学院入試時に再度審査を受ける資格が与えられる.結果的に研究者以外のキャリアを志望するに至った者でも,研究計画書の作成を通じて十分な専門性や教養が身についていれば,学生と研究教育関係者,ひいては産業界までもがお互いにwin-winの関係で結ばれるだろう.

もちろん,この制度を導入する際には考慮すべき点がある.例えば,研究計画書の提出と口頭試問の通過を念頭に置いた新規教育(例:計画書の書き方やプレゼンテーション手法を教授する実践型授業,複数の研究室のローテーション等)を導入する必要があり,研究教育関係者がその教育コストをどのように負担・調整するかは議論の余地がある.

しかし,学部教育における教育効果の改善の必要性が叫ばれているなかでは何らかの手を迅速に策定・実行する必要がある.研究や教育に完全な正解は存在しないが,本稿の提案がより良いアイデアへの叩き台となれば幸いである.現行のしくみの改善は,ポスドク問題の改善,博士前・後期課程における教育改革,国内産業やアカデミアの再活性化といった,より上位の社会的課題の解決にもつながるきっかけになると信じている.

“改革すべきことがまだまだある.甲論乙駁の間に適切な制度を生んでゆかねばならぬ.徐々に,然も適切に,時間をかけて.何事も,永久不変な制度などあるはずがない.” ―吉田 茂

弘田啓時(東京大学大学院工学系研究科)

※実験医学2011年10月号より転載

サイドメニュー開く