本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
若手の大きな分岐点の1つは博士課程卒業時です.私は大学院生のときは,京都大学の山中伸弥先生の元でiPS細胞研究を行っていました.博士課程の半ばから「未開拓なおもしろい動物の性質を分子生物学的に研究したい」と考えるようになりました.次世代シークエンス技術の急速な発展を鑑み,ゲノム配列が不明な面白動物の研究をはじめるなら今だ! ということで,論文のリバイスの傍ら夜な夜な図鑑やネットで変な動物を調べ,最終的にハダカデバネズミ(デバ)に恋をしました.アリやハチのような分業制の集団生活,平均28年という長寿,がん化耐性,という特徴に魅せられ,デバの分子生物学的研究体制を立ち上げようと決意しました.しかし,ネットで検索して出てくるデバの写真はあまりにも見た目が不細工(というか不気味)でしたので,はたして毎日正視できるのかたいそう不安に思いました.ある日,東京出張の際に勇気を出して上野動物園に立ち寄り,おそるおそるデバの元へと足を運びましたところ,意外と小さくて動きがコミカルで可愛く,ほっとしたのを覚えています.今ではチーム全員がその独特の可愛さにメロメロです.
当時,日本の研究機関で唯一デバを所有し音声について研究されていたのは,理化学研究所BSIの岡ノ谷一夫先生(現 東京大学)でした.BSIにお伺いしたところ,なんとデバ研究をストップされるとのこと.結果として,当時30匹居たデバをすべていただけることになりました.さて,デバとともにどこへ行けば!? そんなとき,現所属の岡野栄之先生が「うちでやったらいいじゃないですか!」と請け負ってくださり,慶應義塾大学に引越しできることになりました.その過程で,上野動物園・埼玉こども動物自然公園の皆様からも多大なご協力をいただきました.2010年の1年間は,飼育室や実験室の設計・設立,デバの引越し手続きなど諸々の事務に忙殺される日々を過ごしましたが,2011年度初めには基本的立ち上げが完了し,一緒に研究する仲間も増え,現在に至るまで楽しく研究を進めています.2011年秋にはついにゲノム配列が解読されましたので,今後世界的な研究の盛り上がりが期待されます.
立ち上げのときは,道のないジャングルに突入している気分でした.前例のないことばかりで,夜に不安になるときもありました.しかし,たくさんの先生や友人から励まし・手助けをいただき,チームのメンバーも一生懸命がんばってくれまして,それが大きな心の支えになりました.デバ研究をはじめてから,いろいろな分野の方との交流がぐっと広がったように思います.立ち上げ開始から2年半経ちましたが,今では個体数も増え,細胞や遺伝子情報も自由に扱えるようになり,目論んでいた解析を精力的に進めています.志と気合があればジャングルに道はできるというのが今の感想ですが,しかしそれは決して私個人の力ではなく,皆の力が合わさった結果です.
若手研究者が新しいことを始めるときは,まずはやりたいこと探しが第一歩です.そして,それを実現するために,若手がたった一人で一体何からはじめれば,というところで悩むと思います.しかし,最初は1人でも,Visionと行動力があれば,協力していただける人がたくさん見つかり,実現しうる状況は後からついてきます.私自身,今ようやくスタートラインに立てたところですので,今後も襟を正して頑張ろうと思う次第です.
最後になりますが,ご指導いただいている先生方,一緒に研究を進めている皆さまに深く御礼申し上げます.また,当ハダカデバネズミ研究ユニットでは,自由闊達なデバ好きさんが集まり,活発に研究を進めています.ご興味のある方はご連絡ください(http://debanezumi.okano-lab.com).
三浦恭子(日本学術振興会特別研究員SPD)
※実験医学2012年10月号より転載